第1幕

□迷いの果て
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突然現れた敵の長の姿に、女王らとケントは息を呑んだ。
彼はそれらの反応に見向きもせず、こちらへと目を落とす。


「殺戮を厭う奴がどこまでできるのかと疑問だったが……想定以上だ」

「手記だけ手に入れば良いんだと思っていたのに壊滅させるだなんて言うから、このプランを提示した。壊滅させるより傘下の組織が増えた方がギルドにとっても良いでしょ。エドガー達は君の元で従順な部下として働いているようだし、損ではないはずだ」

「そういうことにしておいてやる」

「……エドマンド……?」


呆然とするゴネリルへ振り返る。
そして、フードを脱いだ。
隠していた亜麻色の髪がふわりと広がる。
目元を覆う仮面すらも外し、エドマンドは――クリスは、その青の目で《王国》の人々を見下ろした。

彼らの目に映る自分の顔は健康な肌そのもの、火傷痕など一つもない。

嘘だったのだ。
彼らに告げた全てが、嘘だったのだ。


「……嘘」

「挨拶が遅れたな、《王国》の女王方」


ギルドの長が両手を広げる。


「フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルドだ。ギルドを束ねている。これはギルドの構成員、クリス・マーロウ。――俺の部下が随分と世話になった」

「……ギルドの、諜報員……」

「今回はそうだな。本題に入ろう女王陛下。俺達は手記と呼ばれているものを探している」


相手の動揺など気にすることもなく、フィッツジェラルドは話を一方的に進めていく。


「それがここの金庫室にあることは確かだ。それを渡せ。別に君達をどうこうするつもりはない」

「嘘ばかり」


一つため息をつき、クリスは脇で呆然と佇んでいたリーガンへと目を向ける。


「《王国》は二人の女王によって成り立っている組織だ。その女王の片割れが死んだとなったら、無事では済まない。内部崩壊だ。つまりリーガンの死は《王国》の崩壊を意味する」


淡々と告げた言葉に、二人の女王は互いを見つめた。
恐怖が交差する。
己らが作戦のうちに弄ばれていたことを、彼女達は知る。

二人の動揺を見守りつつ、クリスは声音を変えないまま続けた。


「リーガンを殺すのもゴネリルを殺すのも勧めない。とはいえ、君達が生き残って内乱を防いだとしても、《王国》が既にギルドの手に落ちている以上、君達はギルドに従わざるを得ないわけだ」


それは敗北を告げる言葉だった。
ゴネリルは手の中の薬を見つめる。
そしてその目を、妹へと向ける。
そして、その驚愕と衝撃に揺れる目をそのままクリスへと向けてきた。

目が合う。
逸らさず、見返す。


「……エドマンド」

「騙してごめんなさい、と言ったところで何になるとも思えないけど」


無感情を装った声で、淡々と言う。

それが作戦だった。
二人の女王に裏切りを体感させ、ギルドに下る選択をさせるための。
こうしなければフィッツジェラルドはこの組織を壊滅させていた。

これが、《王国》が《王国》として存続することのできる作戦だったのだ。
彼女達を傷つけたことはわかっている。
けれど、こうしなければ彼女達も構成員も《王国》という組織すらも皆、死んでいた。

かつてクリスがいた、あの組織のように。
だから、仕方がなかったのだ。

急く気持ちと罪悪感を押し殺し、優しさも懺悔もない声で告げる。


「リーガンを助けてあげて。君達二人が揃っていないと、《王国》は崩壊する。防げる争いや死は出来る限り防ぎたい」


再び、ゴネリルはリーガンへと目を落とし、そして己の手の中の解毒剤を見つめる。

彼女達がいかにこの組織を愛しているか、知っている。
だからこそ彼女達は全てを諦め、組織の存続を選択するのだろう。

《王国》のために。
自分達が愛した場所のために。


「……貴様ぁ!」


ケントが拳銃を引き抜きクリスへと向けてきた。
目を見開き、けれど、グッと唇を噛みしめる。


――銃声。


クリスがよろめくのとケントが銃を取り落とすのは同時だった。
カン、と銃が床を転がる。
外からの狙撃で取り落としたのだ。


「……ッ」


殺すな、とフィッツジェラルドが通信機へと話す声を聞きながら、クリスは側頭部を押さえた。
皮膚を破いた痛みに顔を歪める。
血が頬を、顎を、首もとを伝っていく。


「なぜ異能を使わなかった」


フィッツジェラルドの問いに、クリスは揺らぐ視界へ目を細めた。
生ぬるく、ぬめりのある血が指先を這う。
異能を使えばこの程度の銃弾は防げた。

わかっている。
けれど、そうしなかったのは。


「……トウェインが外からこの部屋を制圧していることは知ってたし、銃口が逸れて致命傷にならないこともわかってた。それと……受け入れるべきだと思った」


ゴネリルが呆然とした様子でリーガンへと跪くのを見つつ、クリスは呟く。


「――わたしは、恨まれるべきことをしたんだ」


彼女達が助かったところで、《王国》はギルドの傘下組織となり威厳を失う。
二人は《王国》の再建を何よりも望んでいた。
組織の存続を望んでいた。
だからこそ、彼女達は威厳よりも組織を選ぶのは明白。

それをわかった上で、クリスはこの作戦を実行したのだ。


「訳がわからんな」


クリスの言葉に対し、フィッツジェラルドはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「弱者は強者に虐げられ搾取される。当然の理を実行しただけだ」

「君にとってはそうかもしれない。けど、わたしは」


瞬間。


――パリン!


「……え?」


それは、破壊音だった。

音の出所へと目を向け、クリスは目を見開く。
床にガラス片が散らばっていた。
叩き付けられた解毒剤がゴネリルの手から離れている。
液体が倒れ伏したリーガンの指先を浸す。

解毒剤を床に叩き付けたゴネリルは、その両手に他の物を持っていた。
鋼色に輝くそれを握りしめながら上方へと翳し、そして天井を見上げる。

喉元がさらけ出される。
細い喉が、ひくりと動く。


「――駄目だ!」


転がるように身を乗り出した。
手を伸ばして、叫ぶ。


「待ッ――!」


目を見開いた、その先で。

ゴネリルは己の首もとへとナイフを突き立てた。






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