閑話集

□花惑う
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【1周年記念】
第2幕後
中也さんとプレゼントと小切手
いろんな夢主さんを書いてみたかった。

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ポートマフィア。
港町ヨコハマに根を下ろす、非合法組織。
海外からあらゆるものが流れ込んでくる港町において、闇を支配し夜を束ね暗黙の秩序を司る者。
悪く言えば悪の親玉、良く言えば政府と路線を異にする治安維持集団だ。

流入してくる武器や人間を管轄し、彼らが街の平穏を乱す存在だと判断したのならすぐさま排除する、漆黒の王冠を抱いた黒き番犬。
その絶大な権力により、ヨコハマの街は比較的平穏な日々を過ごしていた。

が、非合法組織とはいえマフィアがマフィアとして存続するには地元の理解が少なからず必要となる。
つまりはそう、地域貢献だ。
言い方を変えるなら商売である。

法のない貧民街で警察じみたことをする場合もあるし、法が整っていなくて対応できない不発弾の処理を代行することもある。
治安の悪い地域で警護任務に当たることもあった。
そのほとんどが下級構成員の仕事となるが、任せきりでは彼らの気が緩んでしまう上、外部の商売敵に彼らを買収される危険もある。

というわけで、幹部の出番というわけだ。


「……土産でも持ってくれば良かったな」


まあいい、と一人呟きながら、中也は人気のない住宅街を歩いていた。
中也が向かっているのはポートマフィアから卸した武器を売り捌いている武器屋だ。
管轄外に武器が流出する危険は否めないものの、世間に出回る武器の種類や量をポートマフィアが制限し選別することによって武力的優位を保つことができる。
収入も入るので利点の方が大きく、つまりポートマフィアの重要な要素の一つでもあるため不定期に幹部や準幹部が巡回をすることになっていた。

武器屋はヨコハマ租界の隅にある。
そこなら警察の目が届きにくいからだ。
尾行に気を使いつつ、雑多に立ち並ぶ背の低い建物の群れの間を抜け、路地の隅に立つ古びたアパートに辿り着く。
周囲に誰もいないことを確認、誰一人住んでいないそこの一〇一号室の外れかかったドアノブを回した。
勿論鍵がかかっていて開かない。
それを金庫のダイヤルのように何度か左右に捻れば、カチャリと鍵の開く音が聞こえてきた。

扉を開け、電気一つないワンルームに足を踏み入れる。
閉めた扉から複雑に入り乱れる施錠の音を聞きつつ、中也は迷わず台所の床へとしゃがみ込んだ。
床下収納の取っ手からはみ出た錆びたネジを床へと押し込め、カチリという音を確認、そのまま取っ手を引く。

そこにあったのは収納空間ではなく、マンホールの中のように地下深くへと続く鉄の梯子だ。


「いつ来ても辛気臭えな」


ぼやきつつ、中也はその階段に手をかけることなく縦穴の中へ飛び降りた。
ゾッと臓腑が凍るような落下の感覚。
すぐさま足元に見えてきたのは光、そして小綺麗な木目のフローリングだ。

ふわり、と重力操作をして静かに地下室へ降り立つ。
そして、顔を上げて地下に広がる空間を一周見回した。

暖かい黄味がかった照明が映える、落ち着いた雰囲気の店だ。
地上のボロアパートとは比べ物にならない。


「よお、邪魔するぜ」

「おやおや、いらっしゃいまし」


地元の自転車屋を思わせる工具の並んだ壁の向こうから、温厚そうな老店主がにこりと笑いかけてくる。
店員は彼一人だ。
ポートマフィア要の武器屋にしては呆気に取られるほどの簡易なセキュリティだが、店主はああ見えて戦闘向きの異能力者なので何も問題はない。


「お久しゅうございますな」

「ああ。調子はどうだ」

「いつもと変わらぬ毎日ですよ。最近新規のお客さんが来ましたけども、同じ数のお客さんが来なくなりましたので何も変わっておりませぬ」

「そうか」


なら良い、と中也は店内を見回す。
壁には埃を被った銃火器の類が収集品のように引っさげられ、そのそばに置かれた棚には銃弾の黄ばんだ空箱が整然と置かれている。
ショーケースでは型の違う手榴弾が値札を横に従えていた。
商品そのものはカウンターの奥の部屋に山積みになっていて、店主がそこから必要分を取り出してくるシステムだ。

見慣れた光景だった。
ただ一点を除いて。


「店長さん」


銃弾の棚の前でしゃがみ込んでいた人影がすっくと立ち上がりこちらを見遣る。
亜麻色の髪が特徴的な女だ。


「この三番の銃弾、在庫どのくらいあります? ……あ」


はた、とその青と目が合った。

知っている女だ。
忘れるはずもない。
Qの異能で焼けた街で対峙した青だ。
ギルド構成員と思しき、探偵社に潜り込んでいたネズミ。
あの後探偵社員に始末されたと聞いていたが、生きていたのか。


「手前……」


ぎろりと殺意をたぎらせる。
探偵社との抗争は当面禁止との命が首領から下されたが、この女――クリス・マーロウは探偵社員ではない。
どこの所属かもわからない未知の相手だ。

ここをどうやって嗅ぎ付けてきたのかはわからないが、仮にポートマフィアの敵としてこの街に居座っているのだとしたら容赦はしない。
今度こそ、殺す。

明らかに敵意を露わにした中也に対し、クリスは緊張感の欠片もない様子でぱちぱちと目を瞬かせた。


「本当に来たんだ」

「……あァ?」


脅すような中也の声に、クリスは「太宰さんがね」と中也が忌み嫌うその名をさらりと口にする。


「中也と会ったらよろしく言っておいて、って伝言を頼まれていたから。太宰さんには行き先を言っていなかったし、太宰さんが中原さんの行動を逐一把握しているはずもないから不思議だったんだけど……」


当たったねえ、とクリスは駄菓子の当たりを引いた子供のようににこやかに言った。
戦闘時とはかなり雰囲気が違う、まるで無駄に懐いてくる子供のような朗らかさだ。
敵意が削がれる。

舌打ちをし、それに、と中也は眉をひそめた。

太宰、か。





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