閑話集

□My dear Valentine
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【バレンタインデー】
第3幕共喰い前
甘い思いは隠したまま。


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楽屋のテーブルの上でどっさりと山積みになったそれを見、クリスは目を瞬かせた。


「……何かの間違いですか?」

「恒例行事ですよ」


すごいなあ、とその山を見つつ、ヘカテが笑う。


「バレンタインデーになるとファンの方からこうしてプレゼントが届くんです。でもリアのはすごい数だなあ……こんなにもらってる人、僕の知り合いにはいませんよ」

「バレンタインデーって……そういうものなんですか?」

「そうですよ? あ、そうか、リアは日本に来て間もないから知らないんですね。日本で定着してるバレンタインデーは海外のとはちょっと違うんです」


そう言って、ヘカテは日本のバレンタインなるイベントについて教えてくれた。
曰く、女性から男性へプレゼントを通して愛を伝えるという日であり、最近では同性の友達や家族、職場の同僚といったお世話になっている人へもプレゼントを贈るイベントと化しているらしい。


「あげるものも宝石や花ではなくチョコレートが定番なんです。最近では好意を示す方法ということで、こうやって好きな芸能人とかにあげることもよくあるんですよ。もらえる数が人気具合に直結するのでわかりやすいですし、ネタにもしやすいんでしょうね」

「へえ……」


なるほど、と顎に手を触れ考え込む。


「つまりこれは贈答合戦……?」


そういえば最近、どこを見てもピンク色の背景に洒落た筆記体の広告が貼り出されていた。
それにチョコレートやお菓子作りキットなるものも多く店内に置かれていた気がする。
そういうことだったのか。


「……それで、わたし宛てのプレゼントがこんなにたくさん……」

「さすがリアですね!」


朗らかな笑顔でそう言うヘカテだが、確か彼宛てのプレゼントもそれなりに数があったはずだ。
ヨリックが「若いって良いよなあ」と悔しそうに言っていたのを思い出す。
若いからというわけではないだろうし、もらえなかったのなら買えば良いと思いもするのだが、きっとそういう問題でもないのだろう。


「リアは誰かにあげたりするんですか?」


ふと思い至ったかのようにヘカテが首を傾げてくる。
うーん、とクリスは視線を逸らして黙り込んだ。

世話になっている同僚から今の話を聞いた後に「ものをあげる気はない」と答えるのは何だか悪い気がする。
しかし今さっき知ったばかりなので手持ちはないし準備もできない。
どうやら政府機関の情報だけでなく、こういった行事の情報もあらかじめ収集していなければいけなかったらしかった。


「ああ、いや、そういう意味で言ったわけじゃないですよ!」


無言になったクリスに何かを察したらしい、ヘカテはわたわたと両手を振り回した。


「強制的にやらなきゃいけないことでもないし!」

「……じゃあこのプレゼント達を皆さんに配るのはどうでしょう?」

「それはいろんな意味でちょっと……」


駄目か。

再び考え込む。
ヘカテと話し合った結果、今回は諦めることにした。
申し訳ないが、もし次があったのならその時に倍にして贈ろうと思う。


「男の側からすると、女の子からいくつもらえるのか、好きな子からもらえるのか、ってそわそわする日でもあるんですけど」


先程まで少し残念そうにしていたヘカテは、ふと何かを想像したかのように照れた笑いをクリスから背けた。


「リアからチョコレートをもらえた人は、どんなに遅れたとしてもとても嬉しいと思いますよ」






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