閑話集

□闇に憩いし光の花よ
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【5万打記念】
第2幕後
太宰さんとデート(偽)をする


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喫茶うずまき。
数人が座れるカウンターと三つほどのボックス席が備わった、落ち着いた雰囲気の喫茶店である。
同じビルに武装探偵社という武装集団の会社があり、その社員がよく利用しているのだが、もちろん社員以外の人も利用する。
近くのオフィスの女性社員、通りすがりのカップル、穏やかな時間を過ごしに来た老夫婦。

それに。


「デート、ですか」


――何という関係でもない、知り合い同士。


「そう、デート」


クリスの言葉に太宰は頷いた。
その目はキラキラと輝いている。
「よし、自殺しよう!」とでも言いそうなほどのこの男が言い出したのは、いつもの不謹慎な言葉ではなかった。


「私とデート。どう?」

「お断りします」


す、と白いカップに口をつける。
今日の飲み物は珈琲だ。
とは言ってもいつもの深い香りの立つ珈琲ではなく、それと同じ味でありつつもどこか劣るそれである。


「……やっぱり何か違うな」

「店長の珈琲は誰にも敵わないからねえ。同じ豆を使っても、同じ味にはならない」

「何が違うんだろう……」

「愛情とか」

「愛情」


太宰の答えに、ふむ、とクリスは顎に手を当てた。


「なるほど、これが愛情のない珈琲」

「アタシの淹れた珈琲でボケるの、やめてくださる?」


隣の席の片付けを終え皿を積んだお盆を手にしたモンゴメリが席の前に立ち止まり、不満気な顔を向けてくる。


「没収するわよ。……店長と同じ味を作れないアタシの実力不足もあるけど」

「飲む分には何も問題ないよ。後でちゃんとお金払うし」

「要らないわ、練習だもの。元々そういう話だったじゃない」

「でも貰い物に報酬を出さないのは悪い気がする」


言えば、モンゴメリは心底呆れたような顔で大きなため息をついた。


「物のやり取りは報酬ありきだけじゃなくてよ? あなた、本当にフィッツジェラルドさんと考え方がそっくりね」


その一言はおそらく、クリスが不快な表情になることを見越したものなのだろう。
本心に逆らわず「む」と半眼になれば、モンゴメリは満足そうにニヤリと笑ってカウンターの奥へと向かって行った。
彼女の意地の悪さも大概である。


「……君達仲が良いねえ」


珈琲を口に含むクリスをジッと見入ってくる視線は太宰のものだ。


「やはりあれかい、元同僚の方が気が楽になるのかな?」

「彼女とは厳密には同僚ではありませんよ、ギルドにいた時期が一致しませんから」

「ふーん?」


ちら、と視線をそちらに向ければ、太宰はにこにこと笑みを浮かべていた。
見られたくないものを見られた心地がしてどうにも落ち着かない。
ため息をそっと吐き、クリスはカップを置いた。


「それで、何故デートをわたしと? 先程までの話では、とある熱烈な女性が太宰さんに接近してきていて困っているとのことでしたが。話が見えません」

「ああ、そうだったね」


ティースプーンを指先で摘んで持ち、太宰はそれを軽く振りながら呆れ顔をしてみせた。


「先日の事件の被害者の一人で、その場に居合わせた私に一目惚れをしたらしくてね、どんなに説得しても聞いてくれなかったのだよ。『交際相手がいるなら諦める』と言われたけれど、私にそういった相手がいたのならとうの昔に心中している」

「なら、その方とお付き合いされたら良いのでは?」

「今の私にとって特定の女性と毎日を過ごすことよりも特定の女性と心中することの方が重要なのだよ。心中するつもりのない女性とお付き合いはできません」


なるほど、全く意味がわからない。


「それで?」

「おや、クリスちゃんならそろそろ話が読めたかと思ったのだけれど」


太宰はやはりにこにこと笑っている。
何かを企み何かを予見しているこの笑みが苦手だ。

大きめのため息をついて、クリスは飲み干した珈琲カップを見つめた。
珍しく太宰が珈琲を奢るよと言い出したかと思えば、これである。
裏がないとは思わなかったが、まさか偽装デートを申し込まれるとは。

とはいえ、太宰ならばこの程度の揉め事は慣れているだろうし、説得に失敗したというのは信じがたい。
説得を諦めたという方が正しいのではないだろうか。
ふむ、と短く思考する。


「……その方、過去にストーカーとして警察にお世話になったことがあるんですか?」

「そゆこと。説得に耳を貸さない、下手に嘘を言えば逆上する、かと言って協力者とのデートを目撃されれば協力者の命が危うくなる」

「それでわたしですか」

「そ」


太宰はあっさりと頷いた。


「クリスちゃんなら、一般女性相手に怪我しないだろうから。唯一の心配は君がその女性を殺めてしまわないかという点だけれど、私が横にいるし問題ないだろう」

「……選出理由にいささか思うところがないわけではありませんが」


ちら、と太宰を見遣る。
するとその意味を察して、太宰は肩をすくめて「やれやれ」とぼやいた。


「……この間言っていた、軍事会議資料。あれを渡す」

「物わかりの良い方は助かります」


今度はこちらがにこにこと笑みを向ける番だ。
クリスの様子を一瞥し、太宰は大袈裟にため息をつく。


「君とはもう少し、穏やかにお話したいのだけれどもねえ」

「無理な話です。わたしがわたしで、太宰さんが太宰さんである以上は」

「それもそうか」


クリスの言葉に頷き、太宰は席から立ち上がった。
そしてクリスの横に立ち、指先を揃えた右手を差し出してくる。
左手を腰の後ろに隠し、その腰を軽くかがめた姿は貴族の従者を思わせた。


「お手を、お嬢さん」


その笑みもまた、表面上は優しさを思わせる、何かを企み隠している獣のそれ。


「……今からですか」

「不満?」

「少々」


何よりここは喫茶うずまき。
探偵社員の出入りが多い店である。


「安心したまえよ」


太宰は全てを知っている笑みで囁いた。


「国木田君には内緒にしておくから」

「……あなたが口にしないというだけでしょう? おそらくモンゴメリから敦さんを経由して伝わると思うんですが」

「おや、不都合が?」


太宰は楽しげな様子を隠しもせずに問うてくる。
睨みつけても、その笑みは少しも変わらない。


「……意地が悪い」

「照れるね」

「褒めてません」


躊躇いを込めたため息を見せつけるようにつき、それでもやはり数秒躊躇った後、クリスは差し出された手へ己の左手を乗せた。
慣れない体温に悪寒が肌を走る。
クリスの胸中を察してか、太宰はクリスの手を掴むようなことはせず、軽く捧げ持つ程度に留めてくれた。
その僅かな違いが、太宰に全てを知られていることを示している。

クリスが拘束を厭うことも。人の体温に怯えることも。


――今、脳裏に国木田の姿がちらついていることも。


また、あの怒声に「気随気儘の放蕩三昧と二人きりになるなとあれほど」うんぬんと長時間言われてしまうのだろうか。
正座は苦手なのだ、気が滅入る。


「……いっそ一度くらい太宰さんを半殺しにしてみせれば何も言われなくなるかな」

「うん、聞こえなかったことにするよ」


太宰がその顔に笑みを張り付かせる。
その反応が見れただけでも満足だ。

軽く口の端を持ち上げ、目を細める。
それは演技の始まりを告げる、女の微笑み。


「――行きましょうか、愛しい人(my darling)?」

「お望みのままに、愛する人(my sweet)





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