第2幕

□予定という名の台本
8ページ/9ページ


おびただしい数の足音が店内に入ってくる。

犯人を拘束する音、蛍光灯の欠片を踏む音。
数々の音の中、クリスの耳に一番大きく響いているのは鼓動だった。
正常より幾許か早い、しかし生者しか持ち得ない確かな音。


「……え?」


蛍光灯が撃ち抜かれ、欠片が降ってきたことは覚えている。
まずいと思って頭を庇いながらしゃがみこんだことも覚えている。

しかし今の状態は。


「く、にきだ、さん……?」


自分のものより太く逞しい腕がクリスを包んでいる。この状況を理解するのに時間はかからなかった。

国木田が身じろぎする。パラ、と蛍光灯の欠片が床に落ちる。

そうか、この人は。


「……大丈夫か、クリス」


まだわたしの演技の中にいるのだ。


「言っただろう、人質たる俺達は怪我をしてはいけないと」


クリスの頭を庇った大きな手が、そっと髪を撫でている。


「一般人だと言い張るわりに、自ら危険の前に飛び出していく……困った人だ」


降ってくる呆れた声音は、どこか優しい。


――クリス。


記憶の欠片が、耳に蘇る。
その穏やかで優しい声が、国木田のそれと重なる。


――クリス。


伸ばされた手を思い出す。
いくつものそれは、クリスを追い、そしてこの腕を掴んでくる。

肌に伝わる温かいぬくもりが、記憶の中の腕達のぬくもりと重なる。

雨のにおいが充満している。
赤色が、視界にちらついた。

ぞっと悪寒が背を走る。


「――ッ離して!」


耐え切れなかった。

己を捕らえる腕を振り払い、国木田の顔を見据える。


「しっかりして、国木田さん! もう終わったんだ、わたしは君の何者でもない! わたしはクリス・マーロウ、君とはただの知り合いだ!」


幻影を掻き消すように叫び、国木田を揺さぶる。


「目を覚ませ!」


こちらの迫力に押されたかのように、国木田は目を見開いた。
そして、何か納得したかのように、ああ、と声を漏らす。


「……わかっている」


その表情は、声は、いつもの国木田だ。

ほ、と安堵を動作に表してしまってから、クリスは何事もなかったかのようににっこりと微笑んだ。


「……良かった、まだわたしの演技に囚われているのかと」

「囚われる?」

「現実的だったでしょう? まるで自分がわたしと結婚する予定だったと、わたし達は駆け落ちをした関係だと、本気で思い込んだくらいに。それがわたしの演技力。神の御心をも奪う、魔性の力」


まさか演技が終わった後も恋人と間違ってクリスを庇ってくるほど、入れ込まれるとは思ってもみなかったが。
少々本気で演じすぎたらしい。
この演技力は気を付けていないと他の人の心にまで浸食し、記憶を錯乱させ、己を失わせる。
ここは舞台の上ではないのだ、気を付けるべきだった。

こっそりと息をついたクリスに気付かず、国木田は呟く。


「……やはり、異能力者なのか」

「ふふ、そう勘違いしていただけるほどとは感無量です」


あの人が褒め称え、ギルドの長が目を滾らせるこの力が異能力でないことは明白だ。
異能力は一人につき一つしか発現しない。
クリスには既に、自身に発現した異能力がある。


「お二人ともご無事ですか」


市警の一人が声をかけてくる。
きっとこの後、聞き込みをされるのだろう。
ちらりと見れば、コンビニのトイレからフクダさんが市警に支えられながら出てきていた。

フクダさんがこちらを見て笑顔を向けてくる。
微笑みを返し、クリスは国木田へ提案した。


「捜査が入りますし、外に出ませんか?」



.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ