第2幕

□潜入
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「ちょうど良い機会だ、一つ尋ねようか」


つ、と優雅な動作でクリスは芥川の背後にいた部下の一人に指を差す。
びくりと肩を揺らしたその男に指先を向けたまま、クリスは芥川へと視線を戻した。


「君達はなぜ、虎の異能力者を狙っている?」

「……答える必要は」


ない、と芥川が答える前に、クリスに指差されていた部下が悲鳴を上げた。
バッと振り返った芥川の目に、彼の手が細かく刻まれ宙に肉塊を消していった様子が映る。

手一つ分の血が飛び散った。


「懸賞金は七十億」


クリスが問いを続ける。


「誰が懸けた?」

「貴様に答えることはないと、言って」


再び言い切る前に悲鳴。
今度は両腕が血に変わった。

芥川の頬を風が撫でる。
その風は、皮膚を切るかのように鋭く、冷たい。

両腕をなくした男の周囲は、赤い液体で満ちる。


「貴様……一体!」

「もう一度訊こうか」


もはや悲鳴は途絶えない。
両足を失った男は、立つ術を失い地面へ無様に倒れ込む。


「虎の異能力者に七十億もの懸賞金を懸けた相手は、誰?」

「何度も言わせるな」


芥川がクリスを睨みつける。


「貴様に話すことなど、何一つとしてない!」


ふと、悲鳴が途絶えた。

残っていたはずの胴体が消える。
頭部すら消える。
ぱしゃ、と水たまりにさらに水が落ちた音だけが、木霊した。


「……くッ」


言葉を失った芥川が呻く。


「言ったはずだ。切り刻まれ肉塊すら残さない最期になりたくなければ、わたしに何もするなと」


わたしは嘘を言っていないよ、とクリスはにっこりと微笑む。

しかしこの場で彼女に微笑みを返す者は一人としていない。


「貴様ッ……!」


とうとう顔を歪めて芥川が異能力を発動する。
黒衣が牙を剥いてクリスに襲いかかってきた。
まさしく、黒衣から顔を出した化け物の口。

しかし、その顎の付け根に一線が走った。
一瞬で顎が消える。
異能力者から切り離された黒衣の裾が一枚の布となって宙に舞った。


「何……!」

「君の異能力の発動源はその服だ。つまり君の服を切り刻むなり奪うなりすれば、君は何もできなくなる。……異能力の発動の仕方は少し考えた方が良いよ。弱点をさらけ出すことになる」


言わずともわかっているだろうが、と芥川を見れば、彼は打つ手を失って黙り込んだ。
彼の背後で女性が「先輩」と声をかけている。
しかし彼女もこちらに手を出す方法を持ち合わせていないようだった。

裏の手を出してくるような姑息さを期待していたのだが、彼は、そして彼らはまだ若い。


「……君達の首領さんに伝えておいて」


くるりとわざとらしく背中を彼らに向け、クリスは来た道を戻る。


「部下を細切れにされたくなければわたしに手を出すな、と」


ガラ空きになったクリスの背を狙ってくるような輩はいなかった。
少し物足りなさを感じつつ、クリスは眩しく輝く太陽を見上げ、上に伸びをする。

今日は疲れた。
けれどまだ日は高い。


「……久しぶりに動くか」


呟き、クリスは曲がりくねった道を歩いていった。



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