第2幕

□少女、来航
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生死不明の男の横に腰を下ろすこと数分、クリスは一人で男の横に座っていた。
子供達は動かない男に飽きてどこかへ行ってしまった。

遠くからエンジン音が聞こえてくる。
来たか。
立ち上がり、土手の方を見遣る。

土手を走るにしては些か、否かなり速い速度を思わせるエンジン音があっという間に近付いて来た。
車が急ブレーキで土手の上に止まる。

バタン、と荒々しくドアを締めて運転席から降りてきたのは眼鏡の男だった。

眉間のしわが似合うと言うと不躾だろうか、神経質さを窺わせる顔つきをしている。
スーツではないにしろきちんとした服装をしており、その几帳面な第一印象を後押ししている。
同僚であろうコートの男の服装とは傾向がだいぶ違うが、私服可の職場なのだろうか。


「あなたが通りすがりの方か。うちの馬鹿が迷惑をかけて申し訳ない」

「いえ、お気になさらず」


人の良い笑みを返すクリスに彼は一礼し、そして川辺に倒れている男へとその眼差しを向けた。
ぐ、と眉間のしわを深める。


「――起きろ太宰!」


突然の大声。
もはや暴力に等しいそれに、身をすくめる。
鼓膜が破れそうだ。

その怒声に、ずっと転がっていた男が「うう」と呻き声が上がる。
どうやら国木田という男の言う通り、生きていたらしい。


「酷いなあ、国木田君」


もそり、と眠たげに体を動かし、彼は不満げに、しかしのんびりと国木田に文句を言う。


「もう少し優しい起こし方はなかったのかい? 私は心地良い眠りの中で素晴らしい夢を見ていたのだよ?」

「貴様の事情など知るか。大方、偶然見かけた川に入ったところ予想以上に浅かった上眠気が勝って川辺で昼寝をしていたところだろう」

「わーお、すっごいねえ国木田君! 大当たりだよピンポンピンポーン! 君もとうとう乱歩さんの弟子入りかい?」

「貴様の行動など簡単に予想がつく。それよりも仕事だ! 貴様が川辺で昼寝をしている間、社員は皆右往左往のてんてこ舞いだ!」


パラパラと深刻そうに手帳をめくる国木田の表情は危機迫っている。
対して太宰はへらりと笑って「違うよ国木田君、実はこれ、昼寝ではなく最近流行りの水流マッサージなのだよ。肩こりに効くよ」などと言っていた。
しかも国木田はというと「本当か」と言って手帳にメモしようとしている。

探偵、という雰囲気はまるでない。


「あの、あなた方は探偵なんですか?」


純粋な質問を装って声をかける。
漫才をしていた二人の視線がクリスに集まった。


「あらら、可愛いお嬢さん! こんな川辺でお会いするなんて運命ですねえ、是非私と心中を」

「させるか」


突然言い寄ってきた太宰の頭に拳を入れつつ、しかし平然と国木田が答える。


「ああそうだ。とはいえ、武装探偵社の社員だが。……なぜ俺達が探偵だと?」


「電話口で怒鳴っていたから、探偵社に来いって。てっきり探偵さんなのかと。えっと、武装探偵社というのは……?」


聞いたことがないわけではない。
しかし相手にするには情報が足りない。


「あれ、国木田君、この子と電話なんていつしたの? もしかして国木田君の彼女?」

「そんなわけがあるか! 俺の予定では四年後にだな!」

「四年後に彼女ができて六年後に結婚でしょ? 知ってる知ってる」

「わかっているなら言うな……!」

「あれ、でもあれ二年前の手帳だったよね? まあいずれにしろ今も予定は順調みたいだし良かったじゃない」

「にやにやと笑うな包帯!」

「さすがに酷い! 私包帯じゃないよ!」


なんとも賑やかな方々だ。

太宰の茶々をかわしつつ聞き出したところ、武装探偵社というのは異能力者の組織で、警察が追えない物騒な件を担うらしい。

なるほどそういう組織があるからヨコハマは秩序が保たれているのか。


「異能力……」

「君はここの人間じゃないのかい?」


唐突に太宰が口を挟んでくる。
頷き、先日海外から来たのだと伝えた。


「なるほど道理で武装探偵社を知らなかったわけだ。納得納得」

「そんなに有名なんですか? この街で武装探偵社というのは」

「そこそこ知名度はあるねえ」


にこやかに答えてくれたこの太宰という青年も異能力者ということか。

異能力の種類は数多くあり、似たものはあれど同じものは少ない。
異能力者であるという情報だけでは不足していた。
しかしこれ以上聞き出すのは不自然だ。
それに。


「行くぞ太宰! 仕事が山ほど残っている!」

「ええ、私も行くのかい? だるーい」

「文句を言うな!」


太宰を片手でズルズルと引きずっていく国木田の腕力に驚きつつ、呆然と見送る。
両者とも細めの体格ではあるが、武装探偵社という職業柄見た目通りではないということか。

嫌がる太宰を車に詰め込み、再度クリスに礼をしてから、国木田は車を発進させた。
エンジン音があっという間に遠くなっていく。


「……武装探偵社、か」


ポケットから太宰のケータイを取り出す。

起動して中を見てみれば、やはりというべきか多くの電話番号が登録されていた。
名前と電話番号がわかれば、調べ方次第では住所から何からを知ることができる。

今のクリスが頼れるのはあの情報屋だけだ。
彼に売るとしたら一般人の情報では大した額にならないが、それが武装探偵社の社員の情報となれば、それなりの金額になる。

金はあればあるほど良い。
次の一歩へと繋がる。

クリスは立ち止まれない。
立ち止まらないためには、金が要る。


「悪くない」


ふふ、と笑みを浮かべ、クリスは目を細めた。





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