第1幕

□死を見る目
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「直接的な原因は栄養失調だ。しかし、本国の病院に連れて行き検査をした結果、その体の内部には手が加えられていたことがわかった」

「……内部?」

「手術痕だ。それも、治療目的ではない。臓器の多くが機能不全となっていた。できる限り移植したが……まだ不完全でな、経口摂取だけでは生命維持活動に必要な栄養分が足りず、定期的な点滴が必要らしい。肺に関しては大部分を切除され、走ることもままならんだろう。まるで籠飼い用の鳥の翼のようにな。その点についても彼女は話そうとしない。まあ諜報組織の出だ、簡単に口を割るとも思えんが」


流れるように伝えられた話を聞きながら、椅子に座る少女の後頭部を見遣る。

一見つまらなそうに己の足先を見つめている少女、その身に隠された何か。

ミッチェルが少女へ何かを話しかけた。
それに対し、少女は頷くか首を横に振るかの二択の答えを返している。
その様子を見つつ、フィッツジェラルドは鋭く言い放つ。


「彼女の出自を探れ。上手くいけば、何か金になる話に化けるかもしれん」

「良い結果になるとは思えませんが」

「だからこそだ、今のギルドには権力と金がまだ足りん。人体への不当な手術痕だ、表社会には出せん代物には違いない。それを仕組んだ奴を探し出し脅すなり何なりすれば、何かしらに繋がるだろう」


ちら、と横に佇む男の顔を見る。
そこにあったのは、笑顔だった。
見慣れたものだ。
口端を釣り上げる、何かを目論む笑み。
ホーソーンはそれにため息を返す。


「……了解しました」


何を言ったところでこの男が思い直すとも思えない。
ならば、従うしかなかった。


「話は決まった」


くるりと踵を返し、フィッツジェラルドはすたすたと自身の椅子の元へ戻る。
そして豪奢な椅子の背もたれへ腕を掛け、椅子に座る少女へと身を乗り出した。


「クリス、本日から君はこのギルドのメンバーだ。というわけで一つ誤解を解いておく。俺は神ではない。フィッツジェラルドだ」

「……この身にあるのは〈赤き獣〉。あなたはそれを虐げ、屠る唯一の存在。それを神様と呼ぶと、教わっている」

「こんな調子だ、牧師殿」


両手を広げて降参の合図を大袈裟にするフィッツジェラルドに、ホーソーンは「なるほど」と返した。


「ご苦労なさっているようだ」

「〈赤き獣〉って何?」


ミッチェルが最もな問いを投げる。
それに答えたのは小さな声だった。


「……人を過ちに導くもの。神に逆らい全ての人類を闇へと誘う化け物。神に〈恵み〉を与えられた者はこれを排除しなければならない定め」


ぽつぽつと、しかし流暢に発せられたその言葉は何かを読み上げているようだった。
そしてその内容を聞くに、少女が言わんとしていることは何となくだがわかる。

黙示録。
聖書の中で唯一預言書に分類されるもの。
そこには神に抗い人々を罪へと陥れ、挙句天使により排除される竜と獣が記されている。

しかしその身に宿しているとはどういうことだ。
全ての人類は生まれながらに罪を背負っている、それはホーソーンの信じる神によってしか許されない。
しかし少女の言う「獣」は人に元来備わっている罪とは違うような気がした。

まるでそれを嫌悪しているかのような。
まるでそれを異物だと知っているかのような。


「獣も何も知らん。……ふむ、ならばこれはどうだ」


顎に手を当て、フィッツジェラルドが何かを思いついたように呟いた。
どこぞを泳いでいた目を、少女へと向ける。


「何か君が望むものをやろう。神は人に試練しか与えんが、俺は財力をもってして君に何でも与えられる」

「……試練以外のものを与えられる、だからあなたは神様ではない、ということ?」


少女がぽつりと呟く。
フィッツジェラルドを神と信じて揺るがない、というわけではなかったようだ。
少女の声にフィッツジェラルドは指を鳴らして顔を輝かせる。


「そうだ、わかっているじゃないか。さあ、何が欲しい。言ってみろ。服か、装飾品か、会社か。何でも与えてやる」


突然のことに少女は俯いた。
その表情はあまり動きがない。
考え込んでいるのか他のことを思っているのかわからない横顔を、ホーソーンは見つめた。

あまりにも感情がわかりづらい。
表情の動かし方がわからないのか、それとも感情そのものが欠落しているのか。
必ず表情豊かであれとは思わないが、少しは表してもらわないとやり取りに支障が出そうだ。

そこまで考え、思考が子守役の準備へと移行している自分に舌打ちをしそうになる。
上司命令なのだからしかたがない、しかたがないのだ、断じて自ら進んでその役に身を落としたわけではない。

黙り込んでしまった少女へ、フィッツジェラルドは余裕を示すかのように胸を張り、両手を広げた。


「まあ今でなくとも構わん。後でゆっくり考えるでも良い。ミッチェル君、彼女を部屋に案内」


ふと。


――言葉が、聞こえた。






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