第1幕

□望んだもの
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本拠地の部下から届いた発信機信号の探知結果を元に、フィッツジェラルドは街の中を歩いていた。

大通りから少し逸れれば、辺りは小さな建物が隙間なく立ち並ぶ煩雑な街並みに変わる。
そこの一角の建物にクリスはいるようだった。

人質を取り民衆に被害が及びやすい場所に籠もったのは良い案だが、その敵がフィッツジェラルドであることが唯一の失敗点だっただろう。
残念ながらフィッツジェラルドは目的のためなら周囲の被害は厭わない。

つまりこの一件、ギルドにとっては些細なイベントでしかないのだ。

しかし、大通りから小道に入ったフィッツジェラルドは目の前の光景に瞠目した。


「何……?」


そこには人がいた。
たくさんの、野次馬だ。
それと――広範囲に広がる瓦礫の山。

街の一角が破壊されていた。
焼けた痕跡はない。
つまり火事でも爆発でもない。

まるで、何かを中心に暴風が吹き荒れたかのような。

何かに圧し潰されたような平たい死体も周囲に転がっている。
瓦礫の中に埋もれる人の腕も見られた。
複雑に折れ曲がったそれを見れば、手遅れであろうことは明白。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。


「一体何が……」

「わからん」


ミッチェルに言い、フィッツジェラルドは手元の画面へと目を落とした。
クリスの位置を知らせる発信機は、この辺りから出ていた。
巻き込まれただろうか。

改めて本拠地の部下と連絡を取り、発信器の追跡を命じる。
しばらくして手元に送られてきた座標は僅かに移動していた。
生きてはいるらしい。

信号を辿るように、細い道を歩く。
少女の姿は裏通りの隅で見つかった。

他に人の姿はない。
一人きり、ワンピースの裾が汚れるのも気にせず道端にしゃがみ込んで顔を膝に伏せている。
両腕には強く爪が立てられていた。
肩が細かに震えている。


「……ッ」


フィッツジェラルドの足音に気が付き、彼女は大きく身を縮める。
ゆっくりと顔を上げ――フィッツジェラルドの姿を視認するや否や、大きくその目を揺らした。

それは、誘拐に巻き込まれた末に再会した上司へ見せる態度ではない。


「……なぜ俺に怯える」

「違う……!」


唇がわななく。
声が震える。
体を掻き寄せ、目を見開き、あふれる言葉をそのまま口にする。

恐怖がそこにある。


――それは、フィッツジェラルドへ向けられたもの。


「違う、わたしは、あんなことをしたかったわけじゃない……あれは、わたしじゃない……だから、見ないで、わたしを、見ないで……!」


ミッチェルの反芻に答えず、クリスは何度も「違う」と繰り返して頭を抱えるように身を縮める。
混乱しているようだ。


「どういうこと……?」


ミッチェルが戸惑いの眼差しをフィッツジェラルドへと向けた。


「この子が言っているのは何のことなんです? 周囲に誘拐犯らしき姿はないし……脅迫はやっぱり悪戯?」

「にしてはクリスの様子がおかしい」


喚く少女を見下ろし、フィッツジェラルドはしばらく考え込んだ。

今回の脅迫は十中八九彼女のいた諜報組織が犯人だ。
あの組織の長は未だ見つかっていない。
復讐のためフィッツジェラルドの周辺を探り、そばにいたクリスを利用しようとしているのだろうと思っていた。

金を出し渋って子供を見殺しにした、という事実を作り出す以外に、クリスが元諜報員だと知った上で手元に置いていることを公表しフィッツジェラルドがただの企業主ではないことを世間に知らせる案も考えられた。
反社会的な行動をしていると知られれば、世間からの痛烈な批判と信用の下落は防げないだろう。
他に、クリスにフィッツジェラルド暗殺をさせる案も考えられる。
どの案を採用されるとしても、とうに対策は済んであるが、できれば未然に防ぎたいと思っていた。

しかし。

実際にはクリスは誘拐された後、すぐに解放された。


――否。


解放されたのではなく、逃げ出したのだ。

当初の発信機信号の位置を思い出す。
あれは確かに、全壊していたあの場所の一角だった。
そして、彼女の言葉。


「……クリス、答えろ」


名を呼ばれ、クリスはびくりと震える。


「――あれは、君がやったのか」

「違う、違う、違う……!」


両腕に立てられた爪がさらに強く食い込む。
白いワンピースの下から赤色が滲み出てきた。


「裏切りは大罪だからって言われて、皆が殺されたのはお前のせいだって言われて、痛いのは嫌だって、怖いって、逃げたいって、そう思っただけで……そうしたら、また……全部、全部壊れて……!」


再び「違う」と繰り返し始めた少女を見下ろす。
先程見たあの光景を思い返した。

何かを中心に暴風が吹き荒れたかのような惨状。
粉々になった建物と人々、圧し潰されたかのような死体。

焦げ跡のない、破壊。


「どういうこと……?」

「おそらく彼女の仕業だ」

「そんな馬鹿な……あんなの子供じゃ無理よ! あそこにいた誰かが爆発物を使ったとか、元々ボロボロだったとか……!」

「子供でも可能だ。――俺達はそれを、特によく見知っている」


まさか、とミッチェルが呟く。
それに頷き、フィッツジェラルドは否定の言葉を喚き続ける少女を見下ろした。


「――異能力だ」





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