第1幕

□夢潰える時
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問われた彼女は、自分でも思いもしていなかったのだろう、大きく目を見開いた後信じられないといった風に首を横に振った。


「ち、がう、と思う。ウィリアムが言ってたことだから……」

「ふむ、君の友人か」


フィッツジェラルドが顎に手を当てる。
ちらとその視線がこちらを向いたのを見、ホーソーンもまた思考に耽る。


ウィリアム。

ファミリーネームのわからないその人間について、調べてみた。
が、詳細は何も掴めなかった。
フルネームが不明だからということもある。
加えて、クリスと彼がいたという施設すら公式には存在しないことになっていた。
そこに所属していたという人物について探るのは簡単ではない。

それでも、探る必要があった。
クリスの話の所々に登場するその人物は、極めて頭脳明晰だ。

例えば、今クリスが言った言葉。
まるで彼女がそうなることをあらかじめ知っていたかのような、そうでなくとも〈本〉のような”強すぎる力”を知っているかのような。

クリスにとっては親しく優しい友人であっただろうが、その思考はうかがい知れない。


――彼は一体何者だったのだろうか。


「まあ良い。何はともあれ、君は今やギルドの一員。否が応でも指示に従ってもらう」

「……拒否したら?」

「こちらに君の全てがあることを忘れるなよ」


握り締めた拳を見せつけ、男は笑う。
その拳に収まっているのは、権力、財力、暴力、あらゆる力だ。
そして、その力によって彼女の命、過去、異能、あらゆる秘匿が捕らえられている。

少女の首には縄がかかっている。
それは、どんな異能でも断つことのできないものだ。


「……わかったよ」


息を呑んでフィッツジェラルドを見つめていたクリスは、ふと目を伏せて諦めたように呟く。


「良い子だ。――さて、本題に入ろう」


がらりと口調を明るくし、フィッツジェラルドは改めて部屋を見回し、両手の指を組んだ。


「手記――そのチップを探し出し奴に渡すことが、奴から〈本〉についての情報を聞き出す条件だ。よって、そのチップを手に入れることが当面の任務となる」

「いくつか質問があるんですけど」


スタインベックが片手を上げる。


「チップに関して詳しいことはわかっていないんです? 中身とか、持ち主とか、それがある場所とか」

「中身に関しては不明だ。所持者は不明、依頼人本人もチップのことを噂に聞いた程度らしい。チップのある場所はわかっている。――オルコット君」


オルコットがわたわたと腕の中の紙束から数枚を抜き出す。
先程と同様スタインベックがそれを受け取り、その場にいる全員に見せた。
表題に書かれた名称を、ミッチェルが読み上げる。


「……異能傭兵集団《王国(ブリテン)》?」

「――ッ」


反応したのはクリスだった。
紙から逃げるように身を竦めて後ずさる。


「その名の通りグレードブリテン島を縄張りとする……いや、していた集団だ」


クリスの様子を気にする素振りもなく、淡々とフィッツジェラルドは続ける。


「英国国内最大の異能集団を名乗っていたが、近年《時計塔の従騎士》に追われて国外に散った。その一部がこの国にいるらしい。警備、輸送、誘拐、暗殺、あらゆる依頼を受けている便利屋で、その組織にチップはあるとのことだ」

「本拠地がわかっているなら、後は敵戦力を把握できれば良いってことですね」


頷き、じゃあ、とスタインベックは質問を変える。


「依頼人がそのチップを求める理由は?」

「回答を得られなかった」

「依頼人の詳細は?」

「英国の軍人だ。今は英国の外務関係の機関に勤めている」

「何だか胡散臭い依頼ね」


ミッチェルが不満そうに呟く。

同感だ。
何より依頼人が軍人というのが引っ掛かる。
その立場でそれほど機密性の高いものならば、届け出を出して強奪を決行すれば解決できるはずだ。
しかし事前調査ではそういったものは確認されていない。
ということは、表沙汰にできないものだということだ。

被害届を出せないような、記録端末。

しかも、英国ではなく米国の、異能組織に。

嫌な予感しかしない。
依頼人と《王国》が手を結んでこちらを罠に嵌めようとしている線も考えられる。
何しろ、そのチップに関しての詳細が不明である一方で、チップの在処は特定されている。
不自然だ。


「だがこの程度で〈本〉の情報を諦める気はない」


フィッツジェラルドはいつもと変わらない様子で笑う。
その不自然さも含めて、取引を承諾したのだろう。
事実、不自然さは大きな問題ではない。
その理由も含めて、調べ尽くせば良いのだ。


「クリス」

「……何?」


突然名を呼ばれたクリスが数秒おいてきょとんと顔を上げる。
彼女にはまだ仕事という感覚がない。
お使いと同様の心持ちでこの場に挑んでいるのだろう。
次第に慣れると思うが。


「まずは情報だ」

「情報……」

「ああ。《王国》の戦力、内部構成、ボスの名前や顔、異能力の有無とその内容、この任務に関すること全てを洗い出せ。詳細はオルコット君と話し合うと良い。彼女が今回の任務の作戦を立てる」

「……よ、よろしくお願いします……!」


フィッツジェラルドの隣でオルコットが頭を下げる。
彼女とクリスに年の差はあまりない。
かしこまるような間柄ではないが、オルコットの性格故だろう。

身を竦めるオルコットを黙って一瞥し、クリスはフィッツジェラルドへと目を戻す。


「……あの国には関わりたくない」

「安心しろ、ここはギルドだ。簡単に足がつかんように手を回してやれる」

「そう」

少し考えた後、フィッツジェラルドのその言葉を信じることにしたらしい。
瞬きを一度した後の彼女の眼差しに不安の色はなかった。

「……今考えつく限りでは機器が足りない。ここには情報収集用の部屋はある?」

「三階だ。後で案内させる。足りないものは買いそろえてやる。まとめて俺に言え」

「期限は?」

「何日でできる?」

「三日、場合によっては五日」

「構わん」

「三日、って」


とんとん拍子で会話を進めていた二人に、ミッチェルが驚愕の声を漏らす。


「相手は一般企業でも何でもないのよ? 三日で情報を集めきるなんて、そんな」

「反社会組織の情報を集めるのは一度やったことがある。計画を立てるのに半日、セキュリティ突破に半日。セキュリティ突破と同時にサーバー内に検索をかけて必要な情報を抽出、同時に潜入調査、これで一日。後の一日で情報をまとめる」

「な……」


さらりと言ってのけた少女の顔は、当然とばかりに平然としている。


「最新型の機器があれば、だけど。ないならそれを揃えてコードを改良して接続を終わらせるのに二日かかる。だから”場合によっては五日”」

「我ながら良い拾いものをしたと思わないかね、ミッチェル君」


開いた口が塞がらないミッチェルとは対照的に、フィッツジェラルドは満足げだ。
これを目的に連れてきたわけではないにしろ、確かに貴重な戦力ではある。
しかし本当に三日で情報が揃うのだろうか。


「ギルドで立場を確立させれば、フィーに手足として使われることも減る。悪い話じゃない」


クリスはその静かな表情でフィッツジェラルドを睨み付けた。


「……君のためじゃない。わたしのために、仕事をする」

「こちらとしては必要なものが手に入れば何も言わんよ」


ひらりと片手を振り、そして男は険を帯びた目をスッと細めた。


「――任務開始だ」





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