第1幕

□従える者、虐げる者
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その時は唐突に訪れた。

ギルドが縄張りに足を踏み入れてきたという知らせは瞬く間に本拠地へ駆け巡った。


「守備隊が食い止めておりますが、相手は異能組織、長くはもたないかと」


ケントが膝をつき報告する。
その目の前で、二人の女王はソファの端と端に座っていた。
その背後、中央を取り持つようにエドマンドが立っている。
まるで二人を分かつように立っている黒づくめのその男を、ケントは睨み付けた。

彼が来てから確かに《王国》内の粛正は進み、二人の女王を軸とした力関係は理想的なものになっている。
しかし二人の距離はその状況とは反対に、不穏なものへとなっていた。
物理的にも精神的にも、二人の距離は著しく開いていったようにケントは感じている。


「敵の数は?」


リーガンが問う。


「四人です、リーガン様」

「四人? たったの?」


声を上げたのはゴネリルだ。


「こちらの戦力調査に失敗しているんじゃなくて? それとも舐められているのかしら」

「いずれにしろこちらも異能力者を配置した方がよさそうだ」


リーガンが顎に手を当てる。


「その人数ってことは、その四人は全員異能者であると考えられる。異能者同士による戦いはボク達の代では初めてなわけだし、慎重に行かないといけない。異能者の配置を考える必要がありそうだね」

「リーガンが行けば?」


突っぱねるようにゴネリルが横目を向ける。
リーガンもまた、ゴネリルを横目で見遣った。


「何だって?」

「あなたの異能は攻撃向きよ、それでとっとと終わらせてくれば良いじゃないの」

「ゴネリル、聞いてた? 今ボクは慎重に配置を考えないとって言ったんだけど」

「そうやってアタシを前線に出して、自分は安全な場所でのうのうとするつもりなんでしょ?」


へそを曲げた子供のように不満げにするゴネリルへ、リーガンは苛立ちを露わに眉を潜めた。


「……それが最善だったのならそうするけど?」

「何ですって?」

「ボク達が今一番に考えるべきは、この状況をどうくぐり抜けるかだ。敗北は許されない。逆を言えば、敗北しないためにあらゆる手を許す必要がある」

「それでアタシを矢面に立たせようってわけ?」

「あらゆる手を考えた末にそれが最善だったのなら、だ」

「何よ最善、最善って!」


勢いよく立ち上がり、ゴネリルはリーガンを睨み付けた。


「この組織がアタシの異能で守られているってことわかってないの? アタシの異能で今まで外敵からこの場所を守ってきたのよ?」

「それが何?」


リーガンも立ち上がり、共に組織の頂点に立ち続けてきた姉を見つめる。


「ここで必要なのは経歴じゃない」

「何よ偉そうに!」

「一つ訊くよ」


熱を帯びるゴネリルとは反対に、リーガンは静かに問う。


「確かにこの場所はキミの異能で守られている。外部からの砲撃も、侵入を目論む歩兵も許さない完璧な防御壁だ。けど、ギルドはすでにボク達の縄張りに侵入している。これがどういうことか、わかる?」


ふとゴネリルが口を閉ざした。
ケントは黙って成り行きを見守るしかできない。
なぜなら、この状況は”ありえなかった”からだ。

《王国》はこの寂れた街一つを縄張りとし、外周をゴネリルの異能で覆っている。
その防御壁はドーム状になっており空からの侵入も許さない。
けれど敵は既に防御壁の内部へ侵入し構成員との戦闘を繰り広げている。

ゴネリルの異能は万物を弾く反射の異能だ。
鏡の中に何も入れないように、その異能を破って中に侵入することは不可能だった。
今までもそうだったのだ。

ゴネリルが許可し招き入れた者しか、この地には足を踏み入れられない。


「ボク達の敷地内は不可侵だ、なのに彼らが侵入できたということは、組織の中にギルドの協力者がいるということになる。君の異能を君に知られずに解除できる者、もしくは――君に異能の解除を唆した者が」

「……違う、アタシ、ギルドを招き入れてなんか」


後ずさり、ゴネリルはふと背後に立っていたエドマンドへと救いを求める目を向けた。
フードの下で何かを言おうとしたエドマンドを、しかし鋭い声が制止する。


「ゴネリル」


震えるゴネリルを、リーガンは凛然と見つめた。
背筋を伸ばし、罪を犯した姉を堂々と射竦める。


「――処罰はこの戦いが終わってからにする。それまでに、心を決めておきなさい」

「ちょっと待ってよリーガン!」

「ケント、罪人を地下牢へ」

「聞いてよ! ねえ!」

「おそれながらリーガン様」


ケントの出した声に、その場は時を止めたように静まり返った。
処刑に対する怯えを露わにしたゴネリルの目が、突然の声に驚き見開かれたリーガンの目が、そしてフードの下にあるであろう得体の知れない眼差しが、ケントに集まる。

このような事態は初めてだった。
二人の女王は同じ思考をし、同じ決断を下し、今まで《王国》を支えてきた。
だのに、この状況。
二人に最も親しい者として、口を挟まずにはいられない。

膝をついた状態でさらに頭を垂れ、ケントは口を開いた。


「ここは処刑を後に、お二人で協力して敵を排除すべきかと」

「ケント、場をわきまえろ。下手をすればキミも牢獄行きだ」

「そうは参りませんリーガン様。この《王国》はリーガン様とゴネリル様のお力によって平穏を保ってきました。リーガン様の異能で敵を屠り、ゴネリル様の異能で敵の侵攻を妨げてきたのです。女王二人で保たれる平穏、それが《王国》の強み、《王国》が《王国》たる由縁。今、この場は戦場。戦力を削ぐは避けるべきかと存じます」

「口を慎め」


リーガンの声は低い。


「……罪人と手を組めと?」

「ゴネリル様と手をお組み下さいと申し上げております。リーガン様とゴネリル様、お二人を女王と呼び従ってきた者からの頼みでございます」

「罪人は罪人だ、ケント」


カツ、と靴音が近付いて来る。
いつもなら二人分聞こえてくるはずのそれは、一人分のまま、ケントのそばまで来た。


「――本来組織のボスというものは一人だ。これは、本来の形に戻っただけのこと」


低く迷いのない声に、ケントは頭を深く下げた。
これが女王の意志ならば、何をすることもできない。






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