第1幕

□従える者、虐げる者
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リーガン一人による采配は組織内に混乱をもたらした。
本来二人で一つだったはずのボスが、片割れのいないままに指揮を執っているのだ。
リーガンの配下は機敏に動くがゴネリルの配下は慣れない指揮官に戸惑うばかり。

統率の乱れた中での異能力戦は敗北への一途を辿っていた。

苛立つリーガンの元にエドマンドが来たのは、悪化する戦況ばかりを伝えてくるケントへ苛立ちの罵声を浴びせようとした時だった。


「リーガン様」


彼はいつもと変わらない優しい声音で告げる。
途端、リーガンは拳を振り上げて怒声を発しようとしている自分がとてつもなく惨めに思えてきた。
一つ咳払いをし、握り絞めた拳を無理矢理ほどく。


「何?」

「ゴネリル様からのお品物です」

「ゴネリルから?」

「『反省と謝罪の意を込めて、お姉様からの贈り物、アナタが好まれた茶葉を』と」

いつの間に牢の方へと行っていたのか。
彼を気に入っている姉のことだ、大方エドマンドを呼びつけて泣き言をぶつけていたのだろう。
差し出される包みを見下ろしつつ、そんなことを思う。


「……お姉様、か」


その言葉を久し振りに聞いた気がする。

英国で《王国》の一員だった頃、リーガンはゴネリルを「お姉様」と呼んでいだ。
米国に逃れて《王国》を立ち上げる際、二人で頂点に君臨するのだからと呼び方を変えようと言われたのだ。

二人で女王を名乗ろうと手を取り合った。
姉も妹もなく、攻撃と防御それぞれに秀でた者同士で協力すれば、必ず《王国》は蘇ると笑い合った。

あの日々が、遠い。


「……ケント、お茶を入れて。頭が爆発しそうだ、休憩を挟みたい」


ケントが茶葉を持って厨房へと向かい、部屋にはリーガンとエドマンドの二人きりになる。
招くように手を伸ばせば、彼は静かにそばへと来た。
リーガンの伸ばした手を取り、唇を落としてくる。


「やはり女王に相応しいのはリーガン様だと思っておりました」

「キミが言い出したんだろう、『女王(ボス)は一人の方が臣下が従いやすい』と。前王派の粛正が進むにつれ、ボク派とゴネリル派という派閥ができ始めたのも、女王が二人いるだからだと。ボクはキミの言うことに納得し、キミの言う通りゴネリルを突き落とした。処刑は逃れられないだろうね、敵を縄張りに招いたんだから」

「私はゴネリル様に、この地を覆うあなたの異能の美しさを見てみたい、と申し上げただけですが」

「言っただろう? ゴネリルは図に乗りやすいんだ。おだてればすぐにボロを出す。キミに惚れているんだもの、そう言われて防御の異能を強めたり緩めたりして見せるのはわかっていたさ。姉は常々、自分の異能のゆらめきをオーロラに例えていたから」


けど、と言葉を切り、リーガンはふと考え込む。

ギルドの侵入とゴネリルの行為は無関係なはずだ。
元々はゴネリルに異能を緩ませ、それを咎めるのが作戦だった。
タイミングよくギルドが侵入してきたから話の運びが簡単になったが、危険が身の内に入ってきてしまったことは事実。
ケントの言う通り、当面はゴネリルと協力してギルドを追い出すべきだったのかもしれない。

しかし、この機会を逃すわけにもいかなかった。
ちらと見上げた先で、フードの下の微笑みを見る。

「女王の片割れ」ではなく「リーガン」として自分を見てくれる唯一の人。
やっと手に入れた理解者を姉に取られるのは、この上なく不快だった。
子供じみた感情かもしれない。
けれど、嫌なものは嫌だったのだ。

ケントが部屋に入ってくるのに気付いたエドマンドが、静かにリーガンから離れていった。
ケントがティーカップをテーブルに置く。
エドマンドのぬくもりが残る手でそれを持ち、口をつけた。
陶器の滑らかな障り心地を唇で感じつつ一口飲めば、温かさが喉を落ちていく。


「……懐かしいな」


この味を覚えている。
英国にいた時によく飲んでいた紅茶だ。
お洒落好きなゴネリルと違い、リーガンは装飾品や美食に関心がなかった。
そんなリーガンが唯一気に入ったのが、この茶葉だったのだ。
ゴネリルは大層喜んで、同じ茶葉を大量に購入してリーガンとの茶会を毎日のように楽しんでいた。

「リーガンったらアタシと全然共通点がないんだもの。でも良かった、これで一つ、分かち合うものができたわ」と笑った姉の顔は今でも思い出せる。

幸せだった英国での日々は突然崩れ去り、二人は何とか傘下の組織の手を借りて英国に逃げ延びた。
そこで二人、誓ったのだ。

《王国》を再建する、と。
他の地に散った同朋を呼び、再びここであの日々を手に入れると。

そうだ、と目を閉じる。
ゴネリルと誓い合ったのだ、崩壊しかけた《王国》をこの手で再び、と。
二人で、と。

もう一度話し合うべきかもしれない。
女王の座は一つであるべきだし、愛しい人を奪われやしないかと恐れる日々はもう嫌だ。
けれど、それでも、姉は必要なように思えた。

目を開け、顔を上げる。
そこにいたエドマンドへと指示を与えようとした。


「……ッ」


しかし。


「……ん、で」


声が、出ない。






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