第1幕

□迷いの果て
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雲の上の空は青い。
風を切って、飛行機が飛んでいた。


『《王国》を崩壊させたとお伺いいたしました』


機体の中、個室の中で艶やかな機械音が微笑む。


『さすがですわね』

「ふん、良く言う」


テーブルに置いたパソコンを睨み付けつつ、フィッツジェラルドは珈琲を一口飲んだ。
苦い香りが鼻を突き抜ける。
それをパソコンの横に置けば、黒い水面は僅かに揺れた。
細かな振動を伝えていく波紋の広がりを見つめる。
そして、再び窓の外を見た。

宙に刺さるかのように鉄の翼が横に伸び、その遥か下に薄く白い雲が何重にも重なっている。
遮る物のない太陽光を反射した翼は眩しく、鋭くフィッツジェラルドの目を刺した。


「あれは君達が取り逃したネズミだろう」

『ええ。とても感謝しておりますわ。各国に散ってしまっては、さすがのわたくし達《時計塔の従騎士》にも手に負えませんでしたもの』

「それで」

『感謝と謝罪の意味を込めて、そちらに贈り物を差し上げますわ』


さらりと言い、女性の声は上品に笑む。


『あなたのお手を汚す必要はもうありません』

「自国のネズミをこちらに寄越し、その排除を実行させ、余った数匹の排除を名目に我が国に土足で入り込む……手の込んだやり口だな」

『あら、土足だなんて。そんな不躾なことはいたしませんわ』

「何が目的かお聞かせ願おうか」

『勿論』


ふふ、とその声は続ける。


『”ネズミ取り”ですわ』


相手がネズミと呼んだものは《王国》の残党だけではないだろうことは、容易く読み取れた。
フィッツジェラルドの脳裏に亜麻色の髪の少女が思い浮かぶ。
二人の女王が倒れ伏した部屋で、床に座り込んだその姿を、呆然と二つの亡骸を見つめるその後頭部を、思い出す。


「ネズミ、か」


世間を知らないまま育った、檻の中の実験用動物。

彼女は本当に誰も傷付かず死ぬことのない任務になると思っていたようだった。
けれど組織戦が平和的に終わるわけがない。
相手が本気で何かを守っているのなら、こちらも本気でそれを崩しにいかなければいけない。
本気同士のぶつかり合いで被害が出ないわけがなかった。

彼女は甘い。
その身は被害を必要とするほどに残酷な存在であることを自覚しているというのに、彼女は誰かが傷付くことを恐れている。
それを甘さだと言わずに何と言えば良い。

被害なしに得られる平穏などない。
それがこの世界の理だ。

だから人は全力で大切なものを、場所を、守るのだ。
自分達が害を被ることで得られる平穏を、それに届けるために。
守るとは傷付くことだ、そして大切なそれへと平穏を届けることだ。

彼女はまだそれを理解していない。
だからこそ、まだ守らなくてはいけない。
目の前でそれを見せ、理解させなければ、彼女は何を守ることも何を得ることもできない。


「……俺の所持品には一切手を出すなよ」


確かな威嚇を声に込める。


『その元々の所持者はわたくし達英国ですわよ?』

「だが今は俺の物だ」


目の前にはいない相手へ、低く告げる。


「人の物に手を出すような低俗な輩ではないと信じている」

『そちらこそ、人の物を奪うような野蛮なお方でないことを信じておりますわ』


穏やかな会話に潜んだ棘が、画面越しの相手へと突き刺さる。
目に見えないそれを、深く、深く、相手へと埋めていく。


『北米の方は活動的ですこと。大人しく紅茶の香りを楽しむこともできないのでしょうね』

「実力で領土と平和を勝ち取った民族だからな、手に入れられるものはこの手で手に入れに行かねば」

『〈本〉も、ということかしら?』

「当然だ」


棘の残る声が機械越しにやり取りされる中、フィッツジェラルドは目を細める。


「――あれは俺が手に入れる」






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