閑話集

□花惑う
2ページ/5ページ



「あんにゃろ……」


不定期とはいえこの巡回は中也の気紛れで行えるものではなく、あらかじめ首領の了解を得てから実施される。
あの自殺野郎は不定期巡回の予定を何らかの方法で把握していたのだろう。
後で首領に報告して、今後の巡回計画を見直さなくてはならないようだ。


「あいつのことはどうでも良い、手前だネズミ野郎。何でここにいやがる」

「何で、ってそりゃ買い物だよ」


中也がビシリと指差す先で、奴は朗らかに笑った。
そばの銃弾の棚を親指で指し示す。


「わたしが使ってるやつ、どこに行ってもなくて。あれに性能が劣るものしか置かれてないからどうしようかと思っていたんだ。ねえ中原さん、取り寄せできないかな?」

「俺に言うな」

「だって君、ポートマフィア幹部でしょう?」


にこりとクリスが無邪気に笑う。


「どこの店も品揃えが同じだから奇妙だと思ってね、調べてみたら全部ポートマフィア経由で仕入れをしてるとわかった。つまり彼らに販売品を選択する権限がない。なら、権限があるだろうポートマフィア上層部に直接訴えれば良い」


その笑顔を睨め付ける。
調べてみたら、などとあっさりと言っているが、密輸品の輸送経路など外部の人間が簡単に調べられるものではない。
やはりこの女、只者ではないようだ。

正直な話、特定の品の取り寄せはできないわけではない。
それを担当している構成員に個別に頼めば良いだけだ。
が、それをこの女のためにできるかと聞かれたら否である。


「手前、自分の状況わかってんのか?」

「勿論わかってるよ、君がわたしを殺す隙を今も見出そうとしていることも。――ああ、そういえば何かおめでたいことでもあったの?」

「あ?」


突拍子もなくそう言い、クリスは中也へ歩み寄りながら腰の後ろに回していた黒いウエストポーチの中から何かを取り出した。
リボンで口を閉じられた洒落た袋だ。


「太宰さんから預かっていたんだよ。中也へのプレゼント、だって。何かあったの? 誕生日?」

「ちげーよ」


特に何があったわけでもなく、代わり映えのしない毎日を送っていただけだ。
そもそもあいつが誕生日にプレゼントを用意するような男だとも思っていない。
怪しいことこの上なかった。

が、クリスはこちらの嫌悪など全く気にしないとばかりにその袋をズイと押し付けてくる。
仕方なく受け取り、外装を眺めた。
どこかの量販店のラッピングサービスでやってもらったようだ。
奴にしては手の込んだことをする。

相手が太宰とて、自分のために準備されたものを全面拒否するほど礼儀がわかっていないわけではない。
重さと形状からして爆弾の類ではなさそうだし、探偵社というポートマフィアとは異なる世界に身を置いたことで奴の内面に何か変化が起きたのだとしたら、受け取らないのは悪い気がした。


「中身は何?」


クリスが興味津々とばかりに袋を凝視する。


「るせえ、俺のモンだろうが」

「気にならないの? 太宰さんからのプレゼント。わたしは気になる」

「手前の都合なんざ知るか」


いつも何かを隠すように曖昧なことばかりを言う印象だったが、この女、案外ずけずけと物を言う性格らしい。


「む」


中也の返答に機嫌を損ねたのか、クリスはじとりとこちらを見遣ってくる。
ぐ、と顔が引きつったのは、その表情の豊かさ故だ。

なんだこの、いかにも普通そうな女は。
戦闘時とまるで違いすぎて混乱しかけている。

殺意も敵意もない、無防備そのものの民間人がここにはいた。
突如あの殺伐とした気配がこの間の抜けた女から発せられたのなら、おそらくは驚愕で体が動かないだろう。
例え戦闘慣れした中也といえど、その一瞬を突かれたのなら防御は難しい。

何かを策している時の太宰よりもおぞましい、何を考えているかわからない底の知れなさ。

たじろぐ中也にちらりと視線を向けてから、クリスは興味がなくなったかのように顔を逸らした。
店主を呼び、カウンター越しに何やら会話する。
希望の武器は米国産で、ポートマフィアが市場への出回りを制限している代物だった。
入荷を店主に断られ、それじゃあ、と代用品を検討し始めている。
その会話を横で聞きつつ、中也は手の中のものを見つめた。

あの太宰からのプレゼント。
気にならないはずがない。
嫌な予感はするものの、もしかしたらという期待もないわけではない。

リボンを解き、袋の口を広げて手を突っ込む。
掴み出したそれを見、そして――迷わず床にぶん投げた。


「あんのクソ太宰!」


床の上にベコンと叩きつけられたのは手に乗るほどの箱だ。
その中身は湯で溶かして作る粉末ココア。
一回一袋、カップに入れて湯を注ぐだけで作れる代物である。
それだけならただの贈り物かもしれないが、問題はそのパッケージだ。

子供向けのイラストに「カルシウム豊富!」と吹き出しがついていた。
なぜ太宰に選ばれたのがこの商品だったのか、それにすぐさま思い至れてしまった自分の自覚が憎い。


「んなもんいるか!」


少しでも期待した自分が馬鹿だった。
あいつがどこに所属しようが性根の腐り具合が良くなるはずもなく、太宰は太宰だったらしい。





.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ