閑話集

□花惑う
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「君達はいつも楽しそうだなあ」


カウンターに向かって熱心に店主と会話していたはずのクリスが楽しげに声を上げる。
見ていたのか。


「羨ましいよ」

「ふざけてんじゃねえよネズミ野郎。くだらねえことに加担しやがって」

「嫌だなあ、わたしはそんなつもりは全くなかったよ。太宰さんから頼まれた通りに、それを君に渡しただけ」


言われてみれば確かにそうだ。
反論できず、中也は仕方なしに口を噤む。
そんな中也に構わず、クリスは何かを思い出したかのように人差し指を立てて振った。


「面白そうだとは思ったけどね」

「思ったのかよ!」

「面白いとわかっていることをやらない理由がない」


クスクスとクリスは口元に手を当てて楽しげに笑う。
その整った笑みはわざとらしくもあり、本心のようでもあった。

掴みづらい相手だ。
獣を両断する刃を思わせる時もあれば、日常を楽しむ街中の人間と大差ない時もある。
どうやら探偵社と親しいらしいがこうして地下の武器屋を頼りにしてくる辺り、彼らと仲間というわけでもないらしい。

再びカウンターに向き直ってペンを手にしたクリスを横目に、床にぶん投げた箱を拾い上げる。
外箱は歪んだが、中身に支障はない。
中身だけを取り出して部下にわけてやろうと思った。
太宰は無論許さないが、この粉末を開発し商品化した人々の努力と労力に罪はない。

何となしに箱を眺めつつ、ちらとそちらを見遣った。
店主と会話を再開しつつ紙に何やら書き込んでいる、その背中を睨む。


「そうだ、中原さん」


ふとクリスがくるりとこちらを振り返ってきた。
その楽しげな表情は何かを企んでいるらしい。


「断る」

「何も言ってないよ」

「手前も太宰も似たようなもんだ、何企んでるかは知らねえが断るからな」

「……太宰さんと一緒にされるのは非常に不愉快だな」


ふと笑みを消し、クリスは見慣れた鋭い目付きで中也を睨む。
中也の知るクリス・マーロウがそこにいた。
少し安堵してしまったのは、先程までそこに”見知らぬ知人”という不気味な存在がいたからだ。


「取り消して」

「お、おう……?」

「良し」


思わず頷くと、満足したように再びにこやかな笑みを浮かべた。
やっていることは太宰のそれと似たようなものなのに、同じだと言われるのは嫌なのか。
何を考えているのかさっぱりわからないのでそこの辺りの配慮が非常に難しい。


「手前、太宰のことが嫌いなのか」

「嫌いも好きもないよ、敵は敵だ、気に入らない敵と一緒にされたら誰だって嫌でしょう?」

「気に入らない、か」


呆れるほどの連携具合だというのに、太宰のことを敵と認識しているというのが驚きだ。
彼女のことを認め許す気にはならないが、太宰を快く思っていないという点では一定の評価はできる。


「……ま、こんなところかな」


クリスが何かを書き終えたらしい、改めて背筋を伸ばして手にしていたペンをカウンターの上に置く。
プレゼントの包装袋を店主に渡して処分を頼みつつ、中也はさりげなくクリスの手元を覗き込んだ。

白い一枚の紙に英字が並んでいる。
彼女はどうやら日本語が書けないらしい。
会話に苦労したことがない相手だったからか、意外な一面のように思えた。
そんなことをこっそりと思いつつ、中也は「じゃあ」と口を開く。


「仮に、太宰を陥れるようなことを俺が持ちかけたらどうする」

「内容による」


拒否など一切せず、クリスはパッと顔を輝かせて隣に立つ中也へ身を乗り出した。


「何かあるの?」

「……ノリが良すぎんだろ」

「面白いとわかっていることをやらない理由がないからね。それで? 何がある?」


楽しみで仕方がないとばかりに顔を覗き込むような仕草をし、クリスは尋ねてきた。
特に何かを考えていたわけではなかったので即答はできず、そうだな、と顎に手を当て考える。


「……あいつが泣かせた女達の連絡先なら」

「泣かせた? 怪我でもさせたの? それとも拷問? 女は捥ぐより同情してみせた方が簡単に情報吐くよ?」

「手前も気を付けろよって言おうとしたが、その分じゃあ心配ねえな……」


むしろ彼女に手を出したのなら太宰の方が危ない気がする。


「泣かせたってのはそういう意味じゃねえよ、捨てたって意味だ」

「廃棄か……」

「違えよ」


悟ったかのように深刻な顔をしているが、全くもって間違っている。
これほど天然ぼけた女だとは思っていなかった。
会話の内容こそ物騒だが、その口調、仕草、発想の仕方は得体の知れない異能力者とは思えないほどに自然で間抜けている。

あの冷え込んだ青の眼差しが、今この場には微塵も見当たらない。

むしろ。


「詳しいところはわからないけれど、太宰さんを恨んでる女性が一定数いるってわけか。なるほどそれは面白い。女性というものは一般に群れると強い生き物だからね。一つの恨みへの共感度合いに伴って執着と結束と反発が強くなる」


生物学者のように客観的かつ数値的に語りつつ、クリスは心底楽しげに目を細めた。
青が煌めく。
氷のような固体とは違う、水面のような青だ。
波打ち、揺らぎ、光を反射して輝く湖面。


「じゃあ彼女達に太宰さんを標的にさせよう。何か案は?」

「太宰の野郎の住所を知らせるとかは」

「悪くないけど直接的すぎるかな。中原さんと共謀したってことを知られるのは良くない。知らせるなら行きつけのお店とかかなあ、彼女達の電子端末にそれを表示させるバグを発生させるか、その周辺に誘い出して太宰さんの姿を目撃させるか……」


真剣に考え始めたクリスを、中也は呆然と眺めた。


「……ガチじゃねえか」


つくづく敵に回したくない相手だ。
懐柔できたのならかなり役に立つのだろうが、親しいはずの探偵社員に向けてもこの様子なのだから敵も味方も関係ないらしい。

探偵社と親しく、ギルドに繋がりを持ち、ポートマフィアに楯突く者。
未知の異能を所持し情報操作を得意とする謎多き異能力者。
仲間と呼べるものを一切持たずにこの街を駆ける、殺戮を知り娯楽を知る女。


――こいつは一体、何者だ。





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