閑話集

□四月、僕らは出会う
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昼休み、一人保健室へと向かっていた。
授業を受けている間に体調は良くなってきたものの、中也君が許してくれなかったのだ。
国木田先生にもああ言った手前、保健室に顔を出さないと後でみっちり怒られてしまいそうだし、今日は保健室で昼食を食べようと思う。

そう思いながら廊下を歩いていた時だった。


「……あれ?」


前方に見えた背中に足が止まる。
学ランに隠された細い肩、黒い髪、病弱さを際立たせる白い肌。
咳こそしていないものの、あれは保健室の貴公子殿だ。
廊下の窓の外を眺めているようだが、何かあるのだろうか。


「芥川君」


呼びかければ彼は素直に振り向いてくれた。
怪訝そうにしかめられた目がこちらを見据えてくる。


『これはボス直々の指令。故に我々は貴様を決して逃さぬ』


その眼差しが敵意に鋭く細められた気がして、足が竦んだ。


「……ッ」

「何用か」


芥川君はいつものように問いかけてくれた。
見えた敵意は幻覚だったと知る。
は、と息を吐き出す。


「……見かけたから、声をかけてみただけ。邪魔したかな?」

「否。……顔色が悪い、保健室に用か」

「今からね。芥川君は?」

「先程まで休養を取っていた。今から教室に戻る」


そうは言うも、芥川君は窓の外から目を外さない。
そちらに何があるのかと彼の視線を辿った。
ここからは校門が見える。
桜の花が咲いた木々が立ち並ぶ、学園の顔だ。
昼休みになるとその木の下に生徒が集まるようになる。
今もそのようだ。

けれど、心なしかいつもより人が少ない。
代わりに見慣れない制服の人が二人、校門前に立っていた。
うちの生徒と何やら話している。
良く見ればうちの生徒の方も二人いるようだ。

しかも彼らは。


「敦君……と、太宰君?」


見慣れた生徒会メンバーだ。


「太宰さんと知り合いか」


絶えず校門を見つめていた芥川君がギンッとこちらに鋭い目を向けてくる。
先程見えた幻覚とはまた違った目つきに驚きながら、とりあえず頷いた。


「隣のクラスで、少し……話したり、勉強を教えてもらったりしてる」

「何と……」


芥川君は何を思ったのか押し黙った。
口元に手を当てて何やらボソボソと呟いている。
「これは好機」だとか「太宰さんに認めてもらえれば」だとか、何やら聞こえてはくるもののその真意はわからなかった。


「参る」


突然芥川君は背を向けて歩き出す。
その先にあるのは生徒玄関だ。
どうやら外に行こうとしているらしい。
が、今の季節は春、つまり黄砂が発生している。
芥川君の呼吸器官に悪いと思うのだが。


「やめておいた方が良いと思うよ……!」

「黙れ。大人しくついて来い」

「つ、ついて行かなきゃいけないの」


思わず言った言葉だったけれど、芥川君はピタリと足を止めた。
一呼吸分の時間をそのまま過ごした後、ふう、と彼はなぜか肩の力を抜く。


「……一人でも行ける」

「もしかして、一人であっちに行くのが怖かったの……?」

「否。やつがれは芥川、獰猛なる獣の如く敵を切り刻む牙、太宰さんはやつがれが……げほッぐごほッ」


外履きへと履き替えて走り出そうとした瞬間、芥川君は咳き込んでしまった。


「やっぱりやめておいた方が良いよ!」

「今日こそ太宰さんにやつがれを認めてもらう……!」

「話が通じてない……!」


とにかく芥川君を一人行かせるわけにはいかない。
急いで外履きに履き替え、芥川君を追って外へと向かう。
彼の行き先は校門、敦君と太宰君がいる場所だ。





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