閑話集

□四月、僕らは出会う
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そちらへと歩み寄れば、そこにいた外部の生徒の姿もはっきりと見えるようになってくる。
白い学ランの男子生徒二名だ。
一人は白髪の豊かな人で、敦君にかなり顔を近付けている。
赤い目が白い全身から浮き出ているようで少しばかり身が竦んだ。
敦君は必死になって彼と太宰君の間に庇い立っているようだ。
白い彼の狙いは明らかに敦君なのだが、大丈夫だろうか。


「敦君」


声をかける。
すると白い男子生徒以外のその場にいた全員がこちらへと目を向けてきた。


「クリスさん」

「やあクリスちゃん。どうしたの?」

「遠くから見えて……」


芥川君についてきた、と言おうとしたが芥川君は後ろの方でげほげほしていた。
やはり外はきつかったようだ。


「私を心配してくれたのかい? 優しいねえ」

「敦君、大丈夫?」

「無視しないでくれたまえよ……」


残念がる太宰君を横目に敦君へと声をかければ、彼は前方の白い学ラン生徒に警戒しつつも頷いてくれた。


「僕は大丈夫です。それよりも太宰さんが」


その横顔にズイッと白い男子生徒が顔を寄せる。
その仕草は目の前に差し出された宝石を眺めているかのようだ。


「ねえ君、君の輝きは素晴らしい。ああ、これだ。君、素晴らしき君よ……」

「な、何なんですか一体あなたは……!」

「素晴らしい輝きだ、これを私は探していた……」


見るからにまずそうな人だ。
焦る敦君と迫る白い男子生徒の様子に、彼らではない声がふと上がる。


「おやおや、これではまるでぼく達が悪者のようではありませんか」


それは軽い笑みを含んだ声だった。
息が止まる。
全身が硬直し、手が震える。

見てはいけない。
気付いてはいけない。


「ぼく達は太宰くんに会いに来ただけですよ? ねえ澁澤くん……ああ、君はもう彼にご執心ですか」


拒む心とは裏腹に、何かに操られているかのようにそちらを見た。
澁澤と呼ばれた白い男子生徒の背後、緩く三つ編みにされたその髪を触りながら、彼はこちらへと目を細めてくる。

紫眼。
ストレートの黒髪、透けそうなほど白い肌。


『共に世界を創りませんか?』


朝のカフェテラス、差し出される手、薄い微笑み。


「……ッ」


知って、いる。


「クリスちゃん」


彼の姿が見えなくなった。
太宰君が目の前に立ってくれたのだと、数秒かけて知る。


「安心してください、お嬢さん。ぼく達は友である太宰くんに会いに来ただけですから」

「友……?」


思わず太宰君を見上げた。
彼に友と呼ばれるような人間関係はないような気が、勝手にしていたのだ。
太宰君は何となくふわふわとしていて、他の生徒とも教師とも違うように感じられる。
見目麗しい人形が並んだショーケースの中、ただ一人その中に紛れ込んでしまった人間のような、そんな印象があった。
退屈そうに自分とは違う周りを見て、退屈そうに欠伸をしているような。


「ちょっとした知り合いだよ」


太宰君は紫眼の彼の言葉を否定しないまま訂正した。


「面白いですねえ、珍しい。太宰くんが誰かに執着するとは」


ふふ、と太宰君の向こう側にいる男子生徒が笑う。
その言葉になぜか同意しかけ、そんな自分に戸惑った。

太宰君は執着しない。
出会うものには別れが訪れ、別れの後には出会いがあり、その流れを誰も止めることができない。
それを彼は、理解している。
そんな気がしていた。
太宰君とそんな話をしたことはない。
なのにどうしてか、知っている。

そして今の太宰君が何かを意図して自分を庇おうとしてくれていることも、ずっと前から知っていた気がする。


『君はあまりにも奴の駒に適しすぎている』

『君には自分の意志で奴の策略から逃れてもらわないと』


ずっと前から、そうだった気がする。


「太宰君にとってあなたは重要なのでしょう。例えば」


太宰君の背中の向こうで、心底楽しげに、しかし相手を嘲笑う笑みも含めて、彼は口元で弧を描いた。


「——この世界の真理に到達するような」


真理。


——君にとってあちらの世界とこちらの世界、どちらが本物だと思う?


太宰君の言葉を、思い出してしまう。


「良いことを思い付きました」


彼は隣にいる男子生徒の白髪を撫でながらふわりと笑った。
それだけを見れば、日の光が苦手そうな優男だ。


「ぼくが太宰くんの相手になりましょう」

「相手、ね……何のことかな」

「チェス……いえ、この場合はリバーシでしょうか。彼女にどちらを選ばせるかのゲームです」


白と黒。
表と裏。
あちら側と、こちら側。


「さっきも言ったけれど、私はこの学園が気に入っている。今の退屈で平穏な生活をね。だから君と小難しいやり取りはしたくないのだけれど」

「たまには良いでしょう? この退屈で平穏な水面に、余興の一つを落としてみても」


紫眼は本心の見えない薄い笑みを浮かべたままだ。
けれどその笑みは、太宰君が間に立ち塞がっているというのに、確かにこちらを見据えてきている。

目が、合っている。
背けられない。


「クリスさん、はじめまして……いえ、”あなた”にとってははじめましてではないのかもしれませんが」


この人は、何を知っているのだろう。


「フョードル・ドストエフスキーと申します。気軽にフェージャと呼んでいただいても構いませんよ」

「遠慮します」


速攻で断った。
失礼に思われるかも、などと考える間もなかった。
前世かどこかでこの人に嫌な思いをされたのかもしれない。
熱湯に触れた手のように、反射的に防衛本能が彼に返答していた。


「おや、駄目でしたか」


ドストエフスキーさんはにこやかに笑うだけだった。
その笑みは柔らかかったけれど、舞い落ちる桜には似合わない。
彼には雪が似合う気がする。

全体的に白いからだろうか。
それとも、その身がまとっている輪郭の曖昧な雰囲気が雪に似ているからだろうか。


「太宰くんの勧誘も断られてしまいましたし……ですが澁澤くんが得たいものを得たようです、実りがあったということにしましょう。それに素敵な駒にも巡り会えました」


駒、という言葉にぞくりとする。
その反応を楽しむように一度微笑んでから、ドストエフスキーさんは澁澤さんに「そろそろ戻りましょう」と声をかけた。


「楽しいひとときでした。……またいずれ」


意味深な言葉が似合う人だ。





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