閑話集

□願いが叶う教会
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車を教会の前に停め、クリスは国木田と共に教会の周辺を歩くことにした。
雑草がクリスの膝近くまで伸び、歩きづらいことこの上ない。
普段よりも高めに足を上げながら、クリスは国木田と共に周囲を一周した。


「特に何もないな」


手帳に調査状況を書き込みつつ、国木田が壊れかけた建築物を一瞥する。


「人の出入りの痕跡はあるが、おそらく市警の人間と被害者達だ。誰かが居住しているようなことはなさそうだな」

「そうですね。真新しい足跡はあるものの、女性ものや官給品の靴ばかりですし」


それに、とクリスは空を見上げた。


「思ったより空が開けていますね。もっと木が密集しているかと思いましたが……犯罪者集団の根城にするにしては上空の警戒が難しい。何か不審な動きをしていたとしたら、すぐにヘリに捕捉されます」

「市警からの情報ではその類の輩の姿は目撃されていない」

「ではその線は心配要らないでしょう。中に入ってみましょうか」

「ああ。……いや、待て」


先に行こうとしたクリスの腕を国木田が掴む。
何事かと振り返ったクリスに、国木田は顔を隠すように眼鏡を押し上げた。


「……焦るな。昼間とはいえ何がいるかわからん」

「焦ってませんけど……というか誰もいないだろうという結論に今さっき至ったばかりでは?」

「駄目だ、まずは武器の確認、そして懐中電灯の電池の確認をだな」

「懐中電灯……?」

「知らんのか。ここはただの教会ではないのだぞ」


生真面目な顔で、国木田は告げた。


「ここは廃墟だ」

「……そうですね」


まあ、見ればわかる。


「しかもただの廃墟ではない。心霊スポットだ」

「そうでしたね」


それはクリスが国木田に提供した情報だ。


「今は昼間だ、しかし建物の中には明かりはないだろう。心霊スポットと呼ばれるからには何か奇妙な出来事が起こったり奇妙な姿を見たり」

「国木田さん」


名を呼ぶ。
国木田が口を閉ざす。
沈黙が二人の間を流れ、木々の間へと流れ、風となってその枝葉を揺らす。
のんびりとした、昼間の風だった。


「……怖くなどないからな。幽霊だろうが何だろうが、恐るるに足らん」

「まだ何も言ってませんが……」


ふと、クリスは自分の手のひらを見た。
そしてそれを、国木田へと差し出す。


「手、繋ぎますか?」

「は?」

「そうすると怖くなくなるんです。幼い時、ウィリアムがよくやってくれました」

「俺は子供じゃない!」


ああくそ、と国木田は雑草を掻き分けて教会へと近付いた。
壊れたまま放置されている扉の前に立ち、そして立ち止まり、何度か肩が上下するほど大きく深呼吸する。


「……怖くないからな」


呟き、国木田は先に入っていった。
日の入らないその建物の中の闇に、長身がすぐさま消えていく。
――と思いきや国木田が引き返してきた。


「早く来い! 置いて行くぞ!」

「……あ、はい」


一人で先に行くではなかったらしい。
慌てて国木田の元へと駆け寄れば、少しばかり安堵したような顔で「よし、行くぞ」と国木田は呟いた。


「……ふふッ」


思わず笑みが零れる。
それは二人しかいない寂れた教会の中に大きく響き渡った。


「何だ」

「いいえ、何も」

「……まさか早速何かに気付いたりだとかは」

「いえ、そんなことは」

「何かわかったら言え、この手の映画では初めに異変に気付いた者がそれを周囲に言わんことから物語が始まるのだ」

「この手の映画とは……?」


答えず、国木田はいつもよりも狭い歩幅で教会の奥へと進んでいく。
その様子を見つつ、クリスはもう一度自分の手をそちらへと伸ばし――硬く握り込まれたその手に触れる前に、手を止めた。

これ以上は、きっと駄目だ。
きっと、駄目なのだ。

伸ばしかけていた手を握り締める。
行き場のなくなったそれを引き寄せるように胸元へやり、クリスは顔を上げて国木田の歩みに合わせて無心で足を前に出した。





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