閑話集

□君に焦がれる一つの理由
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【1周年記念】
アンケートリクエストより
「太宰が終焉なき夢主を好ましく思うけれど国木田との関係を応援する太宰独白夢」
第2幕後、太宰さんIF
君の魅力は、彼が隣にいるから素敵に思えるのだろう。


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風が木々を揺らし、葉の擦れ合う音が涼やかに耳を擦過する。

幹に頭を預けて空を見上げれば、青い空に白い雲という晴天そのものが太宰の頭上に広がっていた。
いつもより幾分か近いそれに手を伸ばす。
けれど手には何も触れず、諦めてダラリと脱力し、腕を宙にぶら下げた。

今日は少しばかり風がある。
こんな日に首つりなぞをしていれば、風鈴のように体が揺れてさぞ楽しいのではないかと思い至ったのは出勤前。
先日拾ったちょうど良さげな縄を片手にるんるんと散歩、目に入ったちょうど良さげな木にビビッと来たのですぐさま枝によじ登った次第であった。

太宰の肥えた目は正しく、太宰より数十センチばかり高い位置にある太めのこの枝は、太宰が座っても折れる気配はない。
首つりに非常に適していた。
登ってみたところ景色も良く、ついつい見入ってしまっていたのである。

かれこれ数分ばかり空を見上げている。
早くしなければ国木田あたりが太宰を探しに来てしまうだろう。
首つりを中断するのは何度もあったことだし後日改めて試みれば良いので気にならないが、太宰の心を奪い去ったこの超絶なる縄を没収されるのはかなり困る。

自然素材でできたこの縄は痕が残らなそうだし、ささくれ立っていないので手を痛める心配もない、それでいて太宰の体重に耐え切ることができる。
こんな出会いはそうそうない。
この縄が女性だったら即刻心中に誘っている。


「よっと」


上体を起こし、枝の上で身軽に体勢を変える。
縄の片端をぐるりと枝に巻き付け、太宰秘伝の結び方でしっかりと固定。
この独自の結び方は中也の馬鹿力でも解けず、器用な国木田が苦戦し、織田作に感嘆された経緯がある。
ヨコハマに生える木に縄が巻き付いていたならば、それは十中八九太宰の首つり跡だ。

ちゃちゃっと縄を結びつけ、もう片端で輪を作る。
太宰の頭が入り、なおかつ首を吊った際に重心がずれても顎の下に食い入って抜けないような大きさに。
長年の研究成果だ。


「ようし、準備完了」


さて、と早速それに頭を突っ込んで枝から飛び降りようとした、その時。


「……おや」


ふと目に入った先に、見慣れた少女の姿を見た。
亜麻色の髪に、青の目。
休日なのか柔らかなロングスカートを身につけている。
彼女は太宰に気付くことなく、すぐそばを通り過ぎようとしていた。

ふむ、と太宰は思案する。
彼女と一緒に国木田をからかいはするものの、彼女を驚かすことはまだしたことがない。
彼女もその生い立ちからか襲撃の類に慣れており、驚くふりはするものの心底驚いた顔を見たことはなかった。

にやりと笑いがこみ上げる。
これはチャンスかもしれない。


「クリスちゃん」


囁くような声で名を呼ぶ。
木のざわめきに紛れるほどの声だというのに、やはり彼女は立ち止まって周囲を見回した。


「……太宰さん?」

「こっちこっち」


彼女は地表ばかりを見て首を傾げている。
枝に膝の裏を引っかけ、太宰はくるりと上体を落下させた。
ガサッという音と共に、コウモリのように逆さまになった太宰がクリスの目に映り込む。


「やあ」

「わッ……!」


大きく目を見開いてクリスは身を縮めて硬直した。
信じがたいものを見ているかのように青が太宰を凝視している。
見たことのない表情だった。

見開かれた青が透き通る。
瞳の中の水面が揺らめく。
そこに太宰が映り込む。


「うん、良い反応だ」

「……な、何でそこに」

「朝の首つり体操」

「……なんだ、幻覚か」

「違うよぅ」


口を尖らせ、太宰はからりと笑った。


「いやね、今日は風が強いだろう? 首つりをしたらブランコのように体が揺れて楽しいのではないかと思ってね。で、今枝に縄を結びつけ終わったところ。ちょうどクリスちゃんの姿が見えたから声をかけたのさ。どう? 一緒に首つりするかい?」

「しません」

「楽しいよ?」

「嫌です」

「つれないなあ……じゃあ一度試してみると良いよ。なかなかこれがどうして癖になるか、ら?」


ずる、と枝に引っかけていた膝がずれる。
話しているうちに気を緩めてしまったらしかった。

足先が宙を蹴り上げる。
あ、と思う間もない。


「ありゃりゃ」


落ちる。


「太宰さん!」


クリスが叫ぶ。
走り寄ってくる。
手を伸ばしてくる。
逆転した世界が縦にスライドしていく中で、焦りと緊張を宿した青が目に焼き付いて消えない。


――ドサッ!


地面に激突する痛みと衝撃が、太宰に叩き付けられる。





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