第1幕

□望んだもの
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クリスという少女が来てから数日が経った。
とはいえ、やはり数日ではまだ新しい環境に慣れないのだろう、彼女は部屋で一日を過ごすことが多かった。

しかし今日はそうはいかない。

エレベーターから降り、ミッチェルはあらかじめ聞いていた部屋番号を探しながら廊下を歩いていた。
床には足裏が埋もれるほどのふかふかなカーペットが敷かれ、壁紙の白と金の紋様がホテルの上品さを出している。
扉はどれも重厚で、小洒落た紋様が彫られていた。

さすがはフィッツジェラルドの経営する高級ホテル、これでもかといわんばかりに凝っている。


「……ここね」


一つの部屋の前に立ち止まる。
扉をノックし、ドアノブに手をかけて押し開けた。

まず目に入ったのは、赤いカーペットだった。
豪華さを表したそれは床一面に広がり、部屋全体の雰囲気を艶やかにしている。
その上に置かれた机や椅子は華奢でありつつもしっかりとしており、一流の品であることは明白だった。

しかし、そのどこにも目的の姿はない。
部屋の中を見回したミッチェルは、奥の部屋への扉が半開きになっていることに気がついた。
寝室だ。
まだ寝ているのだろうか。


「入るわよ」


一声かけ、寝室へと入る。
人が二人横になれそうなほどに大きなベッドがそこにあった。
ベッドメイキングを終えたままの状態で、艶やかな毛布が魅惑の柔らかさを見せつけている。
使われた痕跡はない。

ふと視線を動かし、ミッチェルはようやくその姿を見つけた。

床から天井まである大きな窓はかすかに開けられ、そのガラスの向こうから風と太陽光を部屋に招き入れている。
薄手のカーテンが揺れていた。
そのきらやかな輝きに包まれるように佇む、一人の少女。

カーテンの狭間に、無装飾の白いワンピースを着た彼女はいた。
寝間着がわりにあげたそれが、彼女の病的なまでの細さを強調している。


「起きてたの」


ミッチェルの声にゆっくりと振り返り、クリスは黙って頷いた。
その冴えない表情といい、ベッドの様子といい、むしろ寝ていないようにさえ思える。
まさか夜通し起きていたのだろうか。

しかしそんなことを気にするのはミッチェルの役目ではない。
一人肩をすくめた後、ミッチェルは腰に手を当てた。


「今日はアンタにとって出勤日よ。早く着替えなさいな」

「……出勤日?」

「ギルドへのね」


ギルドはいわゆる秘密結社だ。
正式な仕事場ではなく、構成員は皆本職を持っている。
それ故に出勤というものは存在しないが、必要な時に顔を出しに行くということはある。
それが、ミッチェルにとって、そしてクリスにとって、今日なのだった。


「服はあるわよね? 確かこのクローゼットの中に……」


クローゼットを開け、その中から適当な服を引っ張り出す。
ぽん、ぽん、といくつかのドレスをベッドへ放り投げた。


「好きなのを選びなさい。着替えは手伝うから」

「……重そう」

「もう諜報員じゃないんだから、服の重さなんて考える必要ないわよ」


ミッチェルの言葉にクリスは何かを思ったらしい、ベッドの上に広げられたドレスの一つを手に取った。
そして、片手に隠していた何かをそれに突き立てる。


――ザシュッ!


「な……!」


驚愕するミッチェルの目の前で、クリスはナイフでドレスの裾を裂き始めた。
一応、それなりの値段がする品である。

わなわなと立ち尽くしたミッチェルをよそに、クリスは丈が短くなり装飾も減ったドレスを両手で持ち上げ、広げた。
そして一つ頷く。


「これなら」

「……アンタ、いつの間にナイフなんて」


ミッチェルの言葉へ、クリスはワンピースの裾をたくし上げて太もものベルトにナイフを仕舞うことで答えた。
どうやら常に持っていたらしい。
ギルド本拠地に入る前に身体検査を一通り受けさせ、危険物は全て没収していたはずなのだが。


「……無茶苦茶だわ……」

「物事は質素で簡潔であればあるほど真実に近くなり、装飾が多ければ多いほど美しく非現実的になる。……飾りは多すぎても少なすぎてもいけないって言ってた」


何かを唱えるように言い、くるりとクリスはミッチェルへと向き直った。
ただひたすら見つめてくる青一色の眼差しに、ミッチェルは「何よ」と目をすがめる。
クリスはボロボロになったドレスを軽く掲げた。


「……着せろってこと? それを?」


答えは小さな頷きによって返ってきた。
ミッチェルはわざと大きなため息をついてみせる。


「……わかったわよ、今日はアンタの服を買いましょ。アンタが気に入るやつをね」

「服?」

「そんなオンボロを着せるわけにはいかないでしょ!」


服ならここにあるじゃないか、と言わんばかりにドレスを持ち上げたクリスへ、ミッチェルは再び大きなため息をついた。






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