book 1

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ありがとうございました、という言葉を受け取った使用人は未だ現実味のない様子で仕事へ戻っていった。その背を見送り、レオはふとアレンへ振り返る。
「お役に立ちそうですか」
「……えぇ。レオさんも、ご協力ありがとうございます」
若干の間を置いたような彼の言い方にラビはちらっと視線をやったが、特に気にしたふうもなくレオが安堵の笑みをした。
使用人の青年に聞いたのは五つほどの質問。あくまで状況の把握に努めるような、別になんの変哲のない内容のもの。
しかし時々アレンが腹の底を探るような目で向かいの席の使用人たちを見ていたのを、ラビは感じていた。昔の彼には絶対できなかったであろうその探り。昨夜は自分が眠りこけている間に何やら進展の望めそうな様子だったが、どうやらアレンはひとりその顛末を追っている感じがした。
(油断も隙もねェな)
彼が新人と呼ばれていた頃、まだ少年らしいあどけなさがまるで不安定に思えていたのに、今や教団でも貴重な戦力として重宝され任務も単独で任せられるくらい成熟している。大人の男という領域に入りかけている儚くも逞しいその姿に、最近では浮き名を流すかの如く行く先々で女たちがアレンを囲っているのも多々見かけていた。もっとも、アレンにとって入団当初から心の支えとなり続けた女性はラビも予想がついていたのだが。

「聞きたいことがあるのでコムイさんに連絡します」
「ん?……あー、そ」
いつの間にか応接間から居なくなっていたレオ、時間的に昼食の準備を手伝っているのだろうか。部屋の中に二人となって、漸くアレンは張り詰めていた息を抜いた。その様子に今度こそラビは這い寄る。
「おまえ 何か隠してねェ?」
「なにをです」
「ホントのこと言えって」
ティムを呼んで着々と通信の準備をするアレン、若干睨むように問い詰めた。
「さしずめ用があったのは男じゃなくて……」

「あの、ランチは中庭で構いませんか?」

不意に扉が開かれ、レオがおずおずと顔を出した。「ええ、是非」アレンが微笑しながら返すが、もう一方は唐突すぎる登場に驚きすぎて心臓を抑えていた。





無線の向こうから聞こえた彼の言葉に僅かに眉を動かした。何杯目かも分からないコーヒーを摂取するべくマグに手を伸ばせば、中身は茶色の線を残してスッカラカンである。向こうにいる妹に目で伝えれば彼女はすぐさま歩み寄ってきた。カップを手渡し頬を緩めながら、コムイは電話機に向かって応答した。
「そのこと ラビには伝えた?」
__まだ。僕の杞憂かもしれませんし__
「それはどうかなぁ。直感型ってヤツだね」
少し沈黙したあと、アレンの躊躇いがちな声が呟かれた。
__もしもの時は独断で動く許可を貰いたくて__

ふむ、と指先で顎を擦る。このとき室長は、その明晰な頭で幾重にもわたる思考を持って判断を下そうとしていた。まだ彼は若いし古参に比べれば経験値もないが、ここに至るまでの彼の目覚ましい実力を鑑みれば何とか結論は出そうだ。
「許可しよう」
告げられた言葉に、無線から微かな苦笑が零れた気がした。
丁度リナリーがお代わりを淹れてくれた所で、デスクの前の彼女に礼を言うとアレンがそれに勘づき疑問を呈した。
__もうリナリー帰ってるんですか?__
「あぁ、大体のエクソシストは山場も越えて帰還してるよ。きみたちはいつ頃になるかな」
通信の相手がアレンだと気付いた様子でリナリーが小さく笑った。つい先程、ブックマンとペアを組んだ神田がノルウェーから帰還しこの部屋に来たが、報告書をコムイに提出し早々と自室へ退散するその後ろ姿は少し……というかかなり怒っていた。何故弟子の奴と組ませず自分なのだとか、俺は単独がいいと前々から言ってるよなだとか、つけるだけ悪態をつき最終的には壊れそうな勢いで扉を閉めて行った彼は、ブックマンが「若造め」と憤慨していたのにも気付かなかった筈である。

「それじゃあ気をつけて」
__はい__
受話器に子機を戻しコーヒーを啜ると、顔の死んでいる科学班長が紙の束を手に執務机へ近づいて来た。
「今のアレンたちっスか」
「そうだよ」
「なんか問題でも?」
不思議そうな顔で問いつつテキパキと書類を回してくる彼にコムイは言った。最近のアレンくんには目を見張るものがあるよ、と。

「操られているのは人形じゃない、ってね」


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