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曇天の垂れ込める悪質な天気だ。

今朝から低気圧の迫る一帯にて秋晴れを拝むことも突き抜けて高い空を見上げることも叶わず気分は下降気味。

こんな日には外出も外室も避けておきたい

なんて考えながら久々の非番に自室へ閉じこもって一体どんな有意義な過ごし方があろうかと模索する。
過去を顧みれば自身の碌でもない暇つぶしくらい思い付いたろう、その一例はギャンブルのイカサマ磨き。
……やはり碌でもない。
己の通信ゴーレムを磨くのは入団してから趣味の一環とも成りうる頻度でおこなってきた。が、昨夜既に大浴場でびっかびかのづっるづるに磨き上げたばかりで、目視する限り彼のボディに汚れひとつ見えない。というか自分は何かを磨かねばすることも無くなるような虚しい人間だったらしいと思わぬ所でダメージを受けてしまう。まさかうら若き十代にして毎日を職務に費やし、たまの非番の日には手持ち無沙汰になるような飼い犬生活へ堕落するとは。

否。今日は出歩くべきである。

浮遊するティム・キャンピーに声を掛け、肩身の狭そうなクローゼットを押し開き。出来るだけ皺のないホワイトシャツを吟味しながら深みのあるボルドー色のリボンタイを手に取る。少し考えて、シックなネイビーベストも選んだ。ああ予定が無いらしい、と周りに思われるのはかなり癪だと思ったしなにより予定が無いのがそもそも癪だったのだ。軽装は避ける。さて今日は紅茶を嗜みつつ優雅に読書へ耽ようぞと気分は一転し明るい方へ向かいつつあった。予定があるだけでこんなに浮かれるものかと鼻歌さえ歌ってしまう。控えめなノック音が聞こえてくるまでは。


「アレンくん 居る?」





「今日は天気わるいものね」
「日も射さないし鍛える気にならなくて」
「ふふ みんなもそんな感じ」

図書室へ向かう筈だった足は食堂へ赴いていた。朝餉の時間をやや過ぎた絶妙なタイミング、そしてアレンの腹がぐうぐう鳴り止まぬ行き過ぎたタイミング。二人は並び歩きながら他愛もない会話を交わした。リナリーは団服姿で、今日の正午にドイツへ立つのだとか。つい先程招集され、今日の正午にドイツ……目まぐるしくはないのだろうか。尊敬と憫憐の綯い交ぜになった視線を送ると眉の下がった笑みを返された。

「最近珍しくないの」
「もしかしたら僕も今日着替え直すかも」
「かもね」

冗談交じりにそう言って、ただ現実にそうなって欲しくはないと思いつつ。



やはり食堂はスッカラカンだった。何人か白い服を着た人たちがテーブルを拭いている以外、立ち歩く者も席についている者も疎らである。厨房からは皿洗いする水音やら忙しなく働く気配がした。
本日のおすすめは「ジェリー料理長のフレンチ風セット」。
選ばないという選択肢がどこにあろうか、いよいよ空腹も極限に差し掛かって取り急ぎオーダーへ。リナリーがジャムトーストを注文するのを待ち次いで自身は思いつく限りのメニューを述べる。流石に客足の途絶えていた時間帯ともなれば用意は早い。すぐさま提供されたカートに次々と皿が載せられていく。
おすすめフレンチ風セットは
バターたっぷりブリオッシュ
レーズンとクリームと蜂蜜のバゲット
香ばしいクロワッサン
カフェ・オ・レ
といったヴィエノワズリーのフルコース。焼きたての香りはまさに天使の芳香のよう。

「朝のパンっていいですね」

しみじみ感慨に浸る。





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