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Autumn's Kiss





目が覚めたとき、いつもと違う上質なマットレスに寝ている理由が一瞬分からなかった。昨夜閉めたベルベッドのカーテンからは僅かに外の陽光が射し込んでおり、目を瞬かせその光がつくる帯をぼうっと眺めていると、少しずつ昨日の記憶も蘇ってくる。
(そうだ、チェコに居るんだった……)

それにしても、いくら異国へ赴き疲弊していたとしてよく自分は貴族の館で安眠できたものだ。散々に寝癖のついた頭を掻きつつ小さな溜め息を漏らす。昨夜、この上等な客室へ通されたときは、まるで師匠が愛用していたようなサテンの煌めくベッドに言い知れぬ嫌悪感を抱いたものだが。所詮己も現金な体だったらしい。シーツのさらさらと流れるような光沢を堪能しながら、気持ちの良い朝に伸びをした。
「よ……っと」
軽く三人は寝れるようなキングサイズのベッドから起き上がって、端の方へ寄せておいたブーツを履く。と、そのとき丁度扉の向こうからノックが聞こえてきた。

「ウォーカー様、おはようございます」
若い女性の声だった。昨日紹介されたメイド長とは違う人物のようで、チェコ人の訛りもない美しい英語である。アレンはぱちくりと瞬きをして、慌てて返事をした。
「おはようございます」
「お召し物をご用意しました」
「えっと……今行きます」
流石に寝巻きである薄いシャツ姿で女性の前に現れるのは英国紳士の名が廃る。部屋に並ぶクローゼットを開けて適当なガウンを引っ掛けると入り口へ歩み寄った。
カチャリ、扉を開ける。

「おはようございます、お召し物を持って参りました。お二人の身の回りのお世話をさせて頂きます、
レオと申します」

キャメル色の髪をした可憐な女性が、丁寧に畳まれた昨日のシャツを手に佇んでいた。微かに笑みを浮かべる女性の瞳は見惚れそうなほどに澄んだ群青色である。御礼を言って衣服を受け取ろうとするアレンに向け、ふと気がついたようにレオが言う。
「髪にお癖が」
「あっ」
すっかり失念していた。アレンは途端に顔を赤らめて、跳ねに跳ねた自身の白髪を抑える。その姿を特に揶揄う様子もなく、レオは奥のドレッサーを示した。
「あちらに整髪料がございます、ご自由にお使いくださいね。昨日着ていらしたコートはクローゼットへお掛けしました」
「あ、ありがとうございます……。」
深々と礼をすると、彼女は華やかな笑顔を浮かべて静かに礼を返したのだった。

「朝食は英国式のものでよろしいでしょうか」
「はい。……僕よく食べる方なんですが大丈夫ですか?」
「勿論でございます。ご用意が出来ましたら、廊下へ出て左にある食堂へお越しください。お待ちしております」
そう言って、レオは隣の客室にいるラビの方も訪ねて行った。微かに聞こえてくる二人のやり取りを感じながら、アレンは頬を数回叩いて着替え始めた。





「美味しそう……」
「こりゃすげーさぁ」

客人である二人に気を遣ったのか、広い食堂の大きなテーブルには見慣れたフル・ブレックファストがずらりと並んでいた。ポーチドエッグにトースト、べコーンやベイクドビーンズに加えてコンポートもヨーグルトも、勿論焼きたてのスコーンも。昨晩は館の当主の慌ただしい見送りもあって、ディナーは大きすぎる程のピザと付け合わせが出された。勿論それも十二分に美味しかったのだが、こうして食卓に多くの品が出てくると圧巻してしまう。漂う香ばしい匂いに腹を鳴らしたアレンの隣で、ラビが愉快そうに笑った。
「確かに、こりゃ“当たり“かもな。」
教団の仲間たちが過酷なアクマとの任務に駆り出される中、こんなにも優雅に過ごしていていいのだろうかと一抹の罪悪感はある。しかしイノセンス回収もまた重要な仕事。頬の緩んだアレンたちは早速、食事にありつくのだった。

「紅茶をお持ちしました。アッサムとアールグレイの二種ですが如何なさいますか」
入れ代わり立ち代わりやって来ていたシェフが厨房に戻ると、彼らに代わるようにレオが台車を引いて来た。先程ぶりに姿を見せた彼女は、朝食中だからか髪をしっかり纏めている。やはりと言うべきか、ラビは見てわかるほど浮かれたように目尻を下げていた。
「じゃあ、アールグレイをストレートで」
「オレはアッサムのミルクティーを頼むさ、おねえさん。」
「畏まりました。」


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