book 1

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「さァて、腹も膨れたとこで……」
「作戦会議といきますか」

趣味の良いアンティークの置き時計が朝食後の時間を示す頃。使用人によってあらかた片付けられたテーブル上に資料を撒き、アレンとラビは今後の予定を立てつつ検討を始める。
未だ謎に包まれたあやふやな情報ではあるが「"それ"は夜中にときどき起きること」、「二階のコレクションルームから聞こえること」、「機械仕掛けの演奏をする以外に何も影響はないこと」という三つのみが現時点で断言できることだった。ヨナーシュが目撃したというのも、実物というよりかはそれらが動いている影だったという。探索部隊らが張り込んで調査した時に、はっきりとした現象を確認できなかったというのも、この怪奇が不定期で発生するものだからだろう。
そうなると、やはりコムイの予測した通りこれはかなり長期間に及ぶかもしれない。所詮イノセンスの回収と侮っていたがその相手としてはかなり手強いようだった。
「これで、手当たり次第にコレクションルームの人形を分解できたらねェ。」
溜め息まじりでラビが放った言葉に、アレンは深く同意した。そうして神の結晶を他と識別できればこの事件はすぐさま終息する。そうもいかない理由があるから気は沈んでいるのだが。
バルトニェコヴァー邸のコレクションルームに並ぶ人形たちの、その正体。それはこの家で古くから保管されてきた貴重な文化財である。ヨハナの曾祖父が若きころ市内の国立マリオネット劇場から譲り受けた歴史ある品、ともすれば確証もないままにそれを分解するなど出来るはずも無く。エクソシストや黒の教団からすれば面倒なこと極まりないのだが、これも仕方のないことである。
「教団に持ち帰んのもダメさ?」
ラビが半ば諦めるように笑いかけるが、やはり分かりきったこと。傍らで紅茶を淹れていたレオは困ったように眉を下げながらも微笑み返した。
「申し訳ございませんが、奥様やこの家にとってもあの人形たちは大切なものなのです」
「やっぱそっかぁー。」
「本当にすみません……」
「いや、いいんですよ!」
肩を落とすレオに向かって慌てて声を掛けるアレンだったが、代わりに少し提案を挙げる。
「これから僕たちで調査を進めることになるんですが、ファーストフロアへ上がる許可は頂けますか」
するとこれにはレオも顔を上げて、胸元に手を当て応えた。

「勿論でございます。屋敷内はご自由に調査して構いませんし、奥様からはお二人のことをサポートするように言い付けられました。私たちに出来ることならば何なりとお申し付けください」





玄関ホールより続く大階段を上ると、そこは館の主らが住まうプライベートな空間のファーストフロアだった。絵画の数々が掛けられた廊下を行き目的の場所へ向かう間、アレンは前を進むレオを見つめた。歩く度に少女のような細い肩が動き、繊細なスカートの裾が揺れている。__何処か自分は彼女について知っているような気がした。それも、過去に出会ったことのあるという記憶的な感覚ではなく、全く不可解な話だが、自分と無関係の人間だと言うには少し抵抗のある直感的で些細な感覚である。何故そんな疑念が彼女に対して浮かぶのかが分からず、アレンはひとり眉を顰めた。

……アクマ、ではないが。
瞬間的に頭に浮かんだ思考が、自分でも信じられなかった。なんてことを考えたんだ、自分は。囚われた魂が見えないという時点でレオがただの人間ということは分かるのに、それでも心が不安定に答えを探そうとして移ろっていた。
(やめよう、勝手な詮索なんて)
力強く、僕たちへ協力することを言ってくれた彼女に対し失礼だ。数歩前を歩くレオの髪が光を受けて柔らかに輝くのを、申し訳ないような表情でアレンは眺めた。





廊下の先に突き当たる壁を左へ曲がると、いくつか部屋があるのが見えた。そのうちのひとつ、黒く強固な扉の前まで来ると、レオは足を止めて振り返った。
「こちらがコレクションルームでございます」

部屋の外からは別段感じるものはないが、もしかすると中に入ればまた違うかもしれない。レオに視線を戻すと彼女も頷いて、ポケットから鍵を取り出し解錠し始めた。やがて小さな金属音が聞こえ、扉は開かれる。室内はカーテンが締め切られ、日も射し込まず真っ暗だった。しかし掃除はされているのか不思議と埃っぽくない。レオがまた先に行き窓辺へ向かうと大きなカーテンを開けだした。闇に沈んでいたものたちが日のもとへ曝され、ついにアレンたちの目の前に現れた。
「めっさ精巧さ」
「これが百年も前の技術なんて……」

それぞれの人形の背丈に合わせたかのような棚、それに収まる個々の人形たち。まじまじと観察すれば、思わず溜め息が出そうなほどの緻密な出来がよく窺えた。まるで本物のような毛が頭皮から一本一本生えている。どんな材質だろうか、マリオネットの肌は艶やかでありつつ柔らかそうな印象もあった。水晶玉の目がじっと視線を送り、動かぬ小さな鼻も唇も、息を潜めているのではと疑うほど本物のようだ。


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