book 1

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訪れた夜、手燭の灯りがぼんやりと絨毯に落ちている。今日は月の出ていない、全くの闇夜であった。

「準備ばっちし?」
「ばっちしだから早く行ってください」
手探りながら日中も上った階段を上り、真っ直ぐ廊下を進んでいく。静寂に打たれ闇に沈む館の中は不気味であったが、古城のように冷たくかなり古めかしい教団に日頃住まってるアレンらとしては特段感じるものも無かった。炎が揺らめく影、ブーツの固い足音、顰められる息遣い。すっかり黙りこくってしまった二人に今さら会話の切り出しは思い浮かばず、何処かやけくそな気分で足だけ動かした。もうそろそろコレクションルームに着くはずだ、徐々に鼓動が高まり神経は張り巡らされる。影、足音、息遣い。
……そして、オルゴールのように空虚な音楽。

「___……ッッ」
「(黙って!!)」
思わず息を呑んだラビの口を強引に押さえ、顔を顰めながらアレンは耳をすました。微かに、だが確実に目の前の部屋から聞こえる。まるで機械仕掛けの演奏会が。
ヨナーシュは、人形の姿をその目で見たと言った。それならば今室内に侵入しても現象は続行される。半ば賭けるような気持ちでドアノブに手を乗せた。レオが、見回りの際にこの部屋のみは解錠しておくと言っていたのが思い出される。すんなりと扉は開かれた。
部屋を覗き込む。当然誰もいない。ただやけに近くで軋むような音楽のみ響いている。ラビが後方にて小声で忙しなく様子を問いかけてくるので、アレンは心を決め一歩踏み出した。辺りは闇の中に沈み、手燭の炎しか光源はない。その灯りすら溶け込んで消えそうなほどである。息を張り詰め、人形たちを注視した。
近付けられた光が彼らの全貌を浮かび上がらせる。

……その瞬間、音楽が止んだ。

(な……ッ)
慌てて駆け寄るとそれぞれが棚の中にきっちり納まっているのが見え、動いていた痕跡はない。まるで彼らが演奏していたのではと思うほど、鮮明に音が聞こえたのに。高台の上で鎮座する無数の人形たち。彼らはアレンを見下ろして、煌めく硝子玉の瞳を輝かせていた。





食堂の一角、これから大皿が並べられるというのにラビは机にへばりつきダラしない顔をしている。しかし生憎だがそれを咎めるような気力も自分にはない。欠伸を噛み殺しながらアレンは物思いに耽った。
今日で調査開始から一週間が経過していた。
初日に聞いたときから現在までコレクションルームに異変は起きていない。張り込みを初めてから、と言った方が正しいのかもしれないが。一週間前、夜中に侵入したあの日のみ怪奇は起こった。この意味を考えるのには、まだ自分の頭は未熟なようで。昼間はラビとの頭を捻った検討会、夜間は交代で滅多に現れることのない事象の張り込み。疲労はかなり溜まっていた。

「お疲れのようですので ディナーは軽食に致しました」
今夜はコックも出てこず、メイド数人とレオが小皿を並べ始めた。気遣わしげな顔の彼女に薄く愛想笑いを向けて礼を言う。
よほど哀れに思われたのだろう。引き下がっていくメイドたちの中でレオが残り、少し迷う様子を見せながらもこう言った。
「あの 今夜は私どもがお手伝いさせて頂きたく」
「へ……」
「お二人は有事の際までお休みになられてください。」
思ってもみなかった話に目を瞬かせ、ラビは漸く上体を起こした。
「い……いいんさ……?」
「私どもに出来ることがあれば何なりと。」

その申し出は有難かったが、仮にも任務を受けたエクソシストがその職務を放棄するような話に、アレンは中々首を縦に振らなかった。
「お言葉に甘えて今日だけ寝よーぜ」
「だけど元々僕らの仕事なのに」
「そらそうだけどよ」

「私は見回りの当直ですし、使用人も数名協力させます。ご心配ありませんよ。」
心強くもそう言って笑ったレオにアレンが頬を掻いた。自分たちが頼りないばかりに館の人たちまで巻き込んでしまったことに申し訳なく思うのと、彼女の心遣いが嬉しくも気恥ずかしかったからである。


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