book 1

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「ふふ。かわいらしい」
「奥様、」
困ったように眉を下げるレオに、ヨハナはもう一度笑った。

領地経営に抜かりのない彼女は例えそれがほんのちっぽけな農村だろうと気にかける。再び屋敷をお留守にするまで領主としての事務を終わらせなければならない。よって旦那様の在宅されるポーランドから帰省したこの日の朝は特別忙しくて自分も目の回る思いだった。ヨナーシュさんが居らっしゃるからと油断することも出来ず、加えて元より手抜きなど頭の辞書には存在しない。
約束の時間まで残り半刻ほどを過ぎていた。
仕事着である紺と白のエプロンは流石に街を巡る予定には似合わないだろうと、手早くハンガーから引きずり出したのはシンプルなワンピース。前日に電話機で暇を出して頂けるよう計らったとき既にヨハナ様は何やら楽しそうな口調であった。恐らく、自分のこの姿が見られることを期待して。
「仕事人間は婚期も逃すのだから。まだ若いとはいえもっと休息日を取らなきゃダメよ」
それとよく似合ってるわ。頭からつま先まで見つめられた後に授かった有難いお言葉。どう反応して良いのか分からぬまま主の前を辞した。

(仕事人間)
自分をそう思ったことは一度としてないが、そうか、人から見れば年中休みを貰わない者は職務に熱心であると見えるのか。果たして自分がそうかと言われれば些か違和感もあるが、ただ端的に言えば"休む必要がない"のだ。市内へ赴いてあれこれと買い物をしたり、たまに洒落た社交場を漁って適当な男を見繕ったり。少し年配の同僚たちがヨハナ様に申請してまで、そんな事をするのを他人事として見てきた。さらに言えば今後同じことをしようとは思わない。洗濯したばかりの真白いシーツを干して、吹き抜ける風がそれをはためかせるのを眺める方が好きだし、今でもなく将来のことを考える事自体が何となく苦手だった。

結婚。
今後、私のような者を好いてくれる物好きが現れるだろうか。
使用人部屋へ不在の件を告げ、玄関ホールに向かいながらぼんやり考える。
居なければ居ないで構わない。どちらにしても、私は朽ちるまでバルトニェコヴァー家に仕えようと誓っていた。雪のちらつく初冬、先代の当主が私を道端から拾い上げてくださったあの日から。





快晴とはいかず薄く雲がたなびく天気であったがそれでも街の活気は上々、そこかしこで昼前の露店が声を張り上げ呼び込みをしている。馬車から降り立って物珍しげに見回す彼らへ苦笑を含め言った。
「早朝に市場も開くのだけど もう閉まったようで」
「そんなら早起きしとけば良かったさ」
「ブックマンがいないとスグ気が緩むんですから。」
「お前だって。」
二人と待ち合わせた時の薄らとしたくまを思い出した。昨夜は一旦停止される張り込みの為に、異常がなさそうかずっと見張っていたらしい。生憎巡察の日直ではなかったので差し入れも出来ず、人伝に聞いた話でもあるが。一体ラビさんが何故この街を見て回りたいと言ったのか今でも謎であったが、頼まれたからにはバルトニェコヴァーの侍女として務めを果たさねばならない。とどのつまり
「きっとお楽しみ頂けるようご案内いたしますね。」
そう笑いかけると彼らも人の良い笑顔でよろしくお願いします、と告げたのだった。


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