book 1

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彼らの第一印象といえばカラス だった。
黒い外套もそうだが油断や隙のない観察眼は胸の内まで読まれているのではないかと焦るほど研ぎ澄まされていたし、それまでは聞いたこともないような話だったが彼の教皇に仕わされた組織の者だと言われ余計にそう感じたのかもしれない。日頃屋敷を訪れる役人のようでいて、また異なる特殊な空気を纏う人たちだった。まるで生きている世界が、違うのだと。

「ボヘミア地方の中でもこの国の首都プラハは、百塔の町と言われています」
街中で空を突く尖塔を指しながら言う。物珍しそうに見上げている二人は変わらずあの外套を着ていて、人々からそれこそ珍しそうに見つめられていた。無理もない、外国からやって来る人など滅多にいないのだから。レオからすれば慣れた視線だが、あまり目立たない方が良いのではと遠慮がちに声を掛ける。
「まずは、何処からご案内致しましょうか。ご希望などは」
「ちょい待って。」
ラビさんが大きな手を振って制止するのを見て、まだお連れするのは早かったかと一瞬停止する。しかし予想に反して彼の顔に浮かべられた表情は子供さながらに明るいものだった。
「オレら歳近ぇしフランクにいこーぜ。堅苦しいの苦手なんさぁ」
「え?」
「折角お出かけできるんだし、な、アレン」
呼び掛けられたアレンさんは出店の食べ物に目を惹かれながらも肯定の意を示していた。少し困惑する。主のお客様であることに変わりはないのだし、一介の世話役として行き過ぎた距離は禁物だと理性が働きかけているのだ。それでも、ラビさんの持つ独特な間の取り方と雰囲気に本能が負け、少しくらい砕けた方が喜ばれるのだと自分に言い訳しつつ笑顔を繕った。
「レオさん、あれってもしかして」
「あ……トゥルデルニークですね」
先程から一点の方向に注視していたアレンさんが唐突に指し示したのは、先日お出ししたおやつ。出店で焼きたてが売られているようだ、香ばしい良い匂いがここまで漂ってきている。
「軽く頂きましょうか?」
「是非!」
キラキラとした顔で激しく首を縦に振られた。初対面を果たした日に、自分はよく食べる方なのだと申告した彼の言葉に全く誤りはなく、今日に至るまで提供したお料理はすべて完食してくれたものだ。その食欲や凄まじく、昼前にも関わらず軽く売られている分を平らげてしまいそうなアレンさんの意気に思わず笑ってしまう。
「お、それそれ。その顔。」
「?」
静観していたラビさんも、嬉しそうに笑った。そんな感じで一緒に楽しめればいいさ、と言われる。やはり繕った笑顔は見破られていたようだ。

「コレほんとにおいしいですよね!」
「あらら、アレン王子のお気に入りになったさ」
「帰っても速攻でジェリーさんに頼みます」
焼きたてのトゥルデルニークを手に持つ二人を眺めた。嬉しそうにしているアレンさんを見ると自然に心が明るくなる。自らが褒められた訳でもないのに誇らしさを覚えて彼らが食すのを温かく見守っていると、口の端に砂糖粒をつけたアレンさんが「幾らでした?」と聞いてきた。
「あ、気にしなくても大丈夫ですよ。」
「そういう訳にも行きませんよ!」
彼らはこの国の通貨チェコ・コルナを所持していない。トゥルデルニークも大した値段ではない上、何度も心に釘を刺すように彼らは客人である。
「教団の……組織の経費で落ちますから」
「いえ、こちら側で負担します。それにこれはヨハナ様のご指示でもありますし」
「う、じゃあこうしましょう!」
道端でこんなやり取りをするのも気が引ける思いだが、全然譲らないアレンさんは唐突にぴしりと人差し指を立てた。
「レオさんの観光ガイド、その分を僕らで払います」
「え」
「お屋敷で働くはずだった日を僕らが買ったんです。つまり……時間?」
「それと情報。体は、なんかヤラシイさ?」
「なんてこと言うんですかバカラビ!」
やいのやいのと普段通り騒ぎ出した彼らに苦笑いしながら、今日は楽しくなりそうな、そんな予感がしていた。


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