短編
□呑み込む
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※呑まれる の続きみたいなもの
「名無しを返ェせ!」
突然居なくなった名無しの気を必死に探り、辿り着いたかと思えば名無しは自分と同じ顔の男の腕の中だ。
あいつに抱き寄せられている名無しの顔は酷くやつれていて、掠れた小さな声でオラの名前を呼んだその声がどんな仕打ちを受けたのかを物語っていた。
「……おめぇ…名無しに何しやがった……」
「ちっ……もうちょっと遅く嗅ぎつけると思ったんだがな。まぁいいさ、こいつを汚す事は出来た」
"汚す事は出来た"と口にしたターレスの顔は酷く歪んでいて、"それ"を目にしてしまったオラは奴が名無しに何をしたかなんて細かく考える余裕は無くなっていて、自分の頭に血が上るのに時間は要さなかった。
「っ、ー……おめぇだけは許さねぇぞッ!!ターレスッッ!!!!」
「馬鹿がッ、傷も癒えていないボロボロの体で俺に勝てると思ったのか!!」
自分の体の事なんて、全く頭に無い。
ただ目の前にいる奴を、名無しをボロボロにしちまった奴を、怒りという感情を動力に倒す事だけを考えて体が動いたんだ。
ーーーーーーーーーー
「……なぁ、名無し…」
「………」
あの一件以降、名無しの口数は極端に少なくなった。
あの後何とかターレスを倒して名無しを取り返せたは良いが、あの時行われた事が名無しの脳に酷くこびり付いているようで、トラウマっちゅーものになってしまっているんだとブルマから教わった。
「なぁ、大丈夫か?名無し」
「ッー……」
前みたいに頭を撫でてやろうと手を伸ばしたのがいけなかったのか、頭に触れる前に肩を揺らし青ざめた表情をした名無し。
いっけね またやっちまった……と後悔するも虚しく、大分変わってしまったこの状況にまた一つ溜め息が出た。
ターレスがオラと同じ顔だったお陰で、オラが名無しの隣にいるってだけでストレスになっちまうらしい。
名無しの為に最初こそ距離を置こうとしたオラを名無しは「一緒にいたいから」と引き留め、隣にいることを許されちゃいるが………
「(……これじゃあ結局無理させちまってるだけじゃねぇか……)」
少しでも触れる素振りを見せる度に、心拍数を跳ね上げちまうのは名無しにとって相当負担がかかっている筈だ。
前みたいに名無しに触れる事すら出来ねぇのは、本当に辛い。
そりゃオラだって男で、そういう仲だった名無しに対してキスをする事も抱き締める事も許されねぇってのは頭がおかしくなりそうだ。
でもそれはオラの欲望だけで進んじまう話で、オラが自分の欲望のままに名無しを抱いちまえば それこそ余計に名無しの傷を深めちまうのは確かで、オラなりに一生懸命自我を保っている。
「……なぁ 名無し…おめぇ 辛そうだしよ、やっぱオラ離れ「嫌だ」……」
オラの"離れる"という言葉を遮って、名無しは離れたくないという意志を見せた。
でも 嫌だと断った割には随分弱気そうで、目には涙を浮かべている。
そんな表情されっと、オラまで切ない気持ちになっちまう…
「ごめん、悟空…」
「……なんでおめぇが謝んだ?」
「いつも、悟空は歩み寄ってくれてるのに……私は……ッ………悟空の事、好き、なのに……」
言葉を詰まらせ、途端にボロボロと泣き出す名無し。
反対に、何故かオラは安心していた。
勿論名無しを想っての切ない気持ちは相変わらずだが、少しだけ不安がとれた。そんな感覚だ。
「へへ、でぇじょうぶだ名無し。オラそんな事ぜんっぜん気にしてねぇよ!だからよ、もうその事で泣くのは辞めるんだ」
「…………ッ」
「おめぇは本当に辛い思いをしちまったからさ…オラを前にしてそんな風になっちまうのは当たり前だ。おめぇを責めるなんて事はねぇし…無理かもしれねぇが、おめぇが大丈夫ってなる日まで、オラは名無しに触らねぇ。」
「だから安心しろ」
名無しに少しでも落ち着いてもらいたくて、オラなりに言葉を選んで今まで考えていた事を口にした。
一時でも名無しに平穏が訪れるなら、その為にオラはなんだってするつもりだ。
「悟空」
「ん?」
久々に呼ばれたオラの名前。
次の瞬間、唇に懐かしい感覚が降り注いだ。
「っ……名無し…」
まだ完全じゃないが、何時ぶりかの、名無しの笑顔。
「……少し、大丈夫ってなった」
これからの事を期待するかのように、そこには また一つ 笑顔があった。
呑み込む
(次はオラからもしていいか?)