短編

□悔しいから、笑ってやった
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「なんで当たり前のように私の部屋でくつろいで我が物顔でベッド占領してるの?」

お前の声って聞き取りやすいよな。それも、窓ガラスぶっ壊して(加減下手でよ、わざとじゃねぇぜ?)飛び込んできた家の持ち主だったら尚更。

「俺らの仲だろ?堅い事言うなよ」

俺達ベストフレンドってやつだろ?
一緒に飯食って、一緒に会話して、一週間に何回も時間を共にしている仲だ。
しかし名無しは納得出来ないようで、顔を顰めながら「親しき仲にも礼儀ありって言葉知らないの?何処の世界に相手の家の窓ぶち破って不法侵入するって関係があるのさ」とご立腹。

「冷たい態度だな〜俺傷付いちまった。ガラスのハートがボロボロだ」

「ちゃんとそのガラス片付けといてね。私はその処理しないから」

「クソ…お前は可愛げのねぇ女だ。折角好意で顔出してやったのに俺の気持ちを蔑ろにしやがった……後で襲ってやるからな、お前が寝た時に」

「はいはい、ダイニングにご飯用意してるから、さっさと食べてきなさいな。私はその間シャワー浴びてくる。」

「覚えてろよ、風呂上がりの名無しの色気堪能しながら突っ込んでやるからな。あと飯は有難くいただく」

くるりと踵を返した名無しの後を追うように、悪態の応酬は程々にして足を進めた。
ダイニングに向かう道中、旨そうな良い香りが鼻腔をくすぐって、"前言撤回だ。アイツはいい女だ"なんて意味の分からん惚れ直しをしたもんだから笑っちまうよな。

俺知ってんだぜ?
お前がいつ俺が来てもいいように毎回飯を作り置きしておいてくれてんの。
可愛いもんだよなぁ。なんてーか、健気で。
あぁ、もう少しお口が素直だったらお前最高にいい女なのによ。

でもコレはコレで面白ぇからアリか。
周りから毒舌だのサディスティックだの言われる俺の対応出来てるってのは中々のモンだ。

「(………うまい…)」

あー、俺。脳内であーだこーだ言ってる間に同時進行でとっくにダイニングに辿り着いて飯食ってたんだわ。
それで今食ってる最中なんだけどよ、また飯がうまいのなんのって。
名無しは本当に料理が上手いな。まぁ、口に出してはやらねぇけど(だってよ、負けた気がすんだろ)


ガラリと引き戸を開ける音がして、水の滴るいい女もとい名無しが姿を現した。
部屋着に着替えて湿った髪の毛をタオルで拭きながら呑気に"美味しかった?"と感想を求めてきたものだから、オレは"まぁまぁだった"と答えてやった。

「ごちそーさん」

食事を終えて皿を持って台所のシンクに向かった名無し。残った皿を手に俺も後に続いた。
あぁ、これも恒例行事なんだぜ?
流石にご馳走してもらってる身だ。皿洗いくらいちゃんとやるさ。

「後は俺がやるからお前座ってろ」

「や、いいよ悪いし」

「いいから座ってろ。一応飯貰ってるしな、これくらいはやるさ」

「…じゃあお言葉に甘えて。ありがとうベジット」

一瞬だけ。一瞬だけだったけど、柔らかい表情が垣間見えた気がした。
不覚にも あ、可愛い なんて自然に思っちまうくらいには、名無しは一瞬可愛かった。
普段俺と同じで憎まれ口ばっか叩く奴がだ。ゴジータと俺でえらい違う対応をしやがる奴がだ。

「(調子狂うぜ、まったく……)」


鼓動が早まった事を自覚して、溜息が自然と溢れた。
あぁ、でもこんな関係でもよ、付き合っちゃねーんだよ。今のトコは。
単純に、言いたいこと言い合える仲の"お友達"ってだけだ。今のトコは。



悔しいから、笑ってやった
(誤魔化しが効かねぇんだよ)
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