短編

□5月9日
1ページ/1ページ

「…………」

朝 目が覚めてベッドから起きようとした時に、ソレに気付いた。
体を動かす度に響く、腹部の鈍痛。
毎月毎月重いソレに付き合ってやってると言うのに、なんたってこんな大事な日に来てしまったのかと自然に溜息が出る。

「…………最悪…」

今の状況と心境を簡潔に表した二文字は意図せず口から出たものだったが、此処で落ち込んでいても仕方がない。
自分自身の悪態はそのくらいにして、私は重い腰を上げた。


ーーーーーーーーーー


「よっ、名無し。おめぇが遅刻なんて珍しいな〜」

「ほんとごめん、ちょっと寝坊しちゃって」

「いいってことよ、オラ別に気にしてねーしな!」


予定していた待ち合わせ場所にいた本日の主役である悟空。少し痛みも和らいだ気がしたのは、薬が効いてきたのか、彼のお陰か……
本当は寝坊なんてしてないし、遅刻するつもりもなかった。

だが毎月体験しているその痛みは、今日だからといって軽減してくれる筈もなく通常運転なものだから、予想以上に足取りが遅くなってしまって遅刻という形になってしまった。
予め悟空には連絡をしていたが、普段遅刻は絶対しない私を不信に思ってか彼は顔を覗き込んでくる。


「………大丈夫か?…おめぇ、なんか顔色悪ぃぞ?」

「え、あ、…走ってきたからさ、疲れたのかも」

「……ふーん…おめぇそんなに体細ぇから疲れちまうんだぞ、今度オラと修行すっか?」

「遠慮しときます」


特別な日なのに、私が体調不良だと知られたくないが為につい嘘をついてしまった。
今にでも体を横にして丸まっていたいくらいに体は悲鳴をあげているが、せめて今日だけは、彼の前では頑張っていたいと必死に平静を装っている。


「あ、ほら 取り敢えずあそこで何か飲も」

たまたま近くにあった某チェーン店を指さし必死に誤魔化す私であったが、どうやら彼は気付いていないらしい。
「おう!」と元気な短い返事が返ってきて、二人で足を進めていった。






「………やっぱおめぇ、顔色悪ぃぞ?本当に大丈夫なんか?」

二人で座る公園のベンチで、ちょっとした尋問が始まりそうな予感がした。
いつもは頼まないホットのココアと、痛みを誤魔化す為にしていた少し前屈みになった体勢で、彼の鼻が効いてきたらしい。

ジッと此方の顔を見つめる悟空は私の様子を勘ぐっているようで、これはもう誤魔化しが効きそうもないと私は白旗を上げた。

「……実は、今日アレで…お腹痛くて…………」

この期間の事は、付き合い始めてから悟空に説明はしているから彼は把握している。
それに、私が重い症状だということも……
だから、私が今の自分の状態を言った事で彼は眉を顰めた。

「…………今からおめぇん家行くぞ」

有無も言わせず私の肩に手を乗せて、額に指先を添える彼の行動を察した頃には今朝まで居た自分の家の玄関だった。

互いに靴を脱いで、あぁどうしよう怒ってるのかな…と不安に駆られている私を他所に 慣れた手付きで悟空に横抱きにされ、寝室へと向かっていく。

着いた途端 ベッドにゆっくりと体を下ろされ、いつもより低い声で「薬は?」と聞いてきたので、既に飲んだ事を伝えた。
「そうか」と短い返事があった後に、少しの沈黙。
たった少しだけというのに、その沈黙は重いものだった。

「………何で言わなかったんだ?」

明らかに怒っている、悟空の口調。
単純な怒りからきているものではないとは分かっているが、彼に嫌な思いをさせてしまったという事と、馬鹿な無茶をしてしまったという事で、大いに落ち込んだ。

「…オラ、おめぇに無茶してほしくねぇんだ………名無しの体が心配でよ。おめぇいつもこん時辛そうだから……」

今度は優しい口調で、心配そうな表情になった彼の優しさに、更に申し訳ないという気持ちが込み上げた。
涙こそ頬を伝いはしないが 目尻が少し熱くなって、ツーンとした感覚が鼻腔に広がる。
今の自身の行いに対して弱ってしまった私には、"心配してくれてありがとう"なんて言葉を出すのができなくて、ただ小さい声で「ごめん」と感情的なそれしか言えなかった。

「………もういいさ…ほら、取り敢えず大人しく寝て少しでも楽にしてるんだぞ」

頭を撫でてくれた大きな手は、とても暖かくて 単純だけれど私はそれで少し安堵した。
「何か欲しいもんあるか?オラが持ってきてやっけど」と部屋を出ようとする悟空を思わず静止の言葉をかけ引き止めた。

「いっ、?…名無しどうしたんだ?」

「……さっき私が持ってたバッグの中に小包があるから、それ取ってくれない?」

「小包?」

私の言う通りに、バッグの中に手を伸ばした悟空。
取り出された小包を渡そうと此方に近付ける彼に 開けてみて と一言。
ビリビリと少し不器用にラッピングを剥がし 姿を表した箱から出てきたものを見て、悟空は少し驚いていた。

「………これ…」

「本当は今日私から渡そうと思ってたんだけど………その、悟空いつもリストバンドしてるから…」

濃いオレンジ色をしたリストバンドは、彼の為に選んだもので予定ではいい感じの所で手渡すつもりだったものだ。
こんな形になってしまったのは残念だけれど、どうしても今日渡したくて 変なタイミングな気もするが もう今更だ。

普段はいつもこの日は、食べる事が好きな悟空の為にスイーツやらなんやらを用意したりしていたが、たまには形に残るものがいいと思ってリストバンドという選択になった。
いつもと違った形のプレゼントに驚いていた悟空だったが、次第に口角は上へ上へといき、表情だけで嬉しいです。と言わんばかりの笑みを浮かべていた。

「名無し、オラ嬉しーぞ!大事にする!ありがとな!」

飛び込むような形で、私の布団に潜り込んできた悟空。
先程よりもぐんと密着した状態に鼓動が高鳴ったのを感じたが、包み込まれるような温もりは心地の良いものだ。


「大好きだ、名無し」

少し痛みが、和らいだ気がした。



5月9日
(オラは幸せモンだなぁ…)
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ