短編
□それはまるで革命のような
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「オッス!」
玄関扉を開けた先には、青い防寒具に身を包んだツンツン頭が満面の笑みで立っていた。
「急に冷え込んで来たよな〜、流石にオラこのカッコしねぇと寒ぃんだ」「そういえば、今日暇か?」と、次々に言葉を紡ぎ出す彼に慌てて制止の言葉をかける。
「ちょ、ちょっと待って……や、暇だけど………とりあえず家の中入ろっか」
ずっと寒風が吹く外で立たせているのに申し訳なさを感じ、そそくさと悟空の背中を押して家の中に押し込んだ。
正直 彼が現れるのは予想外の出来事で、未だに私は驚きを隠せずにいる。
珍しく悟空が道着以外の衣服を身にまとっているとか、手荷物を持っているとか、なにもそんな事でここまで驚いているんじゃない。
「(………まさか、ね…)」
恋人同士がかなりの確率で時間を共に過ごすであろう クリスマスというイベントの当日に、世間に疎いどころか一般常識さえも危うい(ちょっと失礼だけれど)彼が、わざわざ此方に出向いて顔を出してきた事に驚きを隠せないのだ。
もしかしてクリスマスの事知ってて来てくれたのかもと淡い期待の反面、悟空の事だから何も知らずたまたま気分で出向いたのだろうと、一番納得のいく理由であるが故にそう結論ずけた。
おそらく、彼が片手に持つ紙袋もクリスマス用のケーキではなく家に遊びに来る時にたまに持参してきてくれる茶菓子かなにかだろう。
「ひゃー寒かったぁ〜、やっぱし家ん中はあったけぇなぁ〜」
手渡してあげたハンガーに防寒着をかけている後ろ姿はいつも通りで、明るすぎる口調も相変わらずといったところだ。
いつもと変わらない、自分の恋人がそこにいた。
正直 残念な気持ちはちょっぴりあるけれど、彼の幼少期からの事情を知っている為 彼の感覚的な問題は仕方の無い事だと思っている。
それに 自身がイベント自体にそこまでこだわりを持つタイプでもない為、「まぁいっか」と 何処と無く彼に似た感じで完結するのが、ある意味助かっている部分ではある。
服をかけ終えた後、どっかりとソファに腰を下ろした悟空の耳や鼻はまだ少し赤くなっていて、気付いた直後に声をかけた。
「大分体冷えちゃったよね、暖かい飲み物でも作ってこようか?」
「お、いいんか!じゃあ頼む」
「ココアと紅茶どっちがいい?」
「ココア!」
「了解ー」
元気良く返事した彼はまるで子供みたいな眩しい笑みを浮かべていて、いつもの事ながらキュンとさせていただいた。
キッチンに足を運び、飲み物を作るべく お湯を沸かしたり、ココアの粉の分量を見ている最中 なにやらリビングの方でゴソゴソと袋を漁る様な音が聞こえてきたが、茶菓子の包でも開けているんだろうなと この時はさほど気にしていなかった。
ーーーーー
「……………え?」
キッチンから戻って開口一番に出た疑問符は、正常な反応だと思う。
なんせこの時期の食卓にまず並ぶであろう代物が、テーブルのど真ん中に置かれ存在を主張していたからだ。
「悪ぃ。何件かケーキ屋回ったんだけどよ、定番っちゅー白いヤツと茶色いヤツが売り切れちまってて、タルトになっちまった」
「え、悟空…どうして……」
「今日はクリスマスって名前の日なんだろ?何ヶ月か前にブルマにその話聞いて、最近も色々アドバイスしてもらったんだ!」
なんといったらいいのか……恋人と、他でもない悟空と、"クリスマス"の日を過ごせるという幸せな現実に、少し頭は追いついていないが とにかく嬉しいという気持ちは胸の奥底から沢山込み上げてきていた。
二人分のココアを持つ手は、自然とテーブルに。
コトンとコップを置いた音は何処か心地よく、「ありがとう」と一言。
きっと今の私は満面の笑みを浮かべているに違いない。
「名無しに喜んでもらえっと、オラもすんげぇ嬉しいぞ!………なぁ、オラ おめぇにもっと喜んでもらいてぇんだ」
「え、もう十分過ぎるくらい喜んでるよ?」
「へへっ、まぁ待ってろって」
そう言ってソファから立ち上がった悟空は、真っ直ぐと先程ハンガーにかけたばかりの防寒着まで足を進めていた。
なにやらゴソゴソとポケットを探って、取り出されたソレは黒っぽい色をした小箱だ。
可愛らしいリボンが施されたその風貌は、まるでプレゼントのようで……
すぐに差し出された小箱を手の上に乗せ 少しばかり驚いていると、「開けてみてくれ」と彼はニッコリと笑っていた。
開封の許可も頂けたことだし、言われた通り小箱のリボンを解き、蓋をそっと持ち上げた。
「……これ…」
銀色のチェーンの先に 幾何学的な図形と青い宝石が組み合わさったオシャレなネックレスだ。
良い意味で目立ち過ぎない、私好みのソレだった。
まさか こんな素敵な物とこんちにはするなんて夢にも思っていなかったから、開けた瞬間はフリーズしてしまったんだと思う。
「……ど、どうだ?おめぇの好みに合ってっかな……あくせさりーの事はよく分かんねぇけど、なんとなく おめぇに似合うと思ってよ。ブルマにも色々聞き込んでさ」
「っ凄く素敵だよ、とっても嬉しい……!本当にありがとう。大切にする!」
「!……ははっ!そんなら良かった!やっぱおめぇに喜んでもらえっとオラも嬉しいな」
彼なりのサプライズに感動を覚えて、本当に嬉しくって、心の底から幸せを感じて。
色々な幸せな感情から感極まり、頬を涙が伝った。
これが、嬉し涙というものなんだろう。
「泣く程喜んでもらえるとはなぁ〜、頑張って選んだ甲斐があったな」
「凄く幸せだよ………あ、でもごめんね…私てっきり悟空がクリスマス知らないというか、興味無いとか勝手に思っちゃってて……悟空にあげるプレゼント用意してない…」
「なんだよ〜そんな事気にしなくてもいいんだぞ」
「でもっ、……クリスマスじゃなくなっちゃうけど別の日でも良いなら、私も悟空にあげるプレゼントを探したいな」
「ん〜…オラへのプレゼントかぁ〜……」
悟空へのプレゼント……正直 ご飯関係以外の事は思いつかず、さてどうしたものかと買い物前の今から頭を巡らせる。
それは悟空も同じなようで 暫く下を向き腕組みをしていたが、ふと頭を勢いよく上げた。
「よし決めた!名無し タルト食べてココア飲んだらよ、いっぱい いちゃいちゃしようぜ!」
「…………へ?」
てっきり、「飯の事以外思いつかねぇや」とケラケラ笑うものだと思っていたから、元気良く宣言された言葉に驚きを隠せない。
「今日はいつもより、いっぱい いちゃいちゃしてよ!いっぱいキスしてぇ!」
「オラの今年のプレゼントはそれでいいや」と、額に唇を落とした彼に、私はこくりと頷いたのだ。
それはまるで革命のような
(これからのクリスマスも楽しみだな!)