注意

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am Anfang


 佐々木琲世(ササキハイセ)は緊張していた。今日はいよいよ入局式。ホールには大勢の新たな局員が集っていた。

「……人がたくさん」

 東京の喰種(グール)対策局、通称CCG(Committee of Counter Ghoul)。ヒトと同じ姿ながらヒトを喰らう「喰種」から、市民を守り平和維持に取り組む同期の同志たちが大勢いることを、ハイセは心強くも思う。
 ハイセは22歳の青年だが、今の意識を持ってからは2年しかたっていない。気がついたときには白かった髪は、今は根元から黒い毛が生えてきて、何だか風変わりで目立つ髪色になっている。
 注目を集めていることに気がつきながらも、自分では変えられないことだし、どうしようもない。せめて笑顔を浮かべて、彼はこの会場まで一緒に来た、隣に座る女性を振り返る。

「ニヒツさん、写真一緒に撮ってくれてありがとうございました」

 ニヒツ、と名字で呼ばれたハイセと同い年の女性は、目を合わせて頷いた。淡いブラウンの瞳と後ろでシニヨンにまとめた黒髪が特徴の彼女は、小柄で華奢な体躯のせいでハイセより年下に見える。

「今日から、佐々木三等ですね」
「えっ、そう、ですねっ……えっと、ニヒツさんは、ニヒツ二等、ですね!」

 捜査官には階級がある。下位捜査官は三等・二等・一等、上位捜査官は上等・准特等・特等。喰種捜査官養成学校、通称・アカデミーを卒業している一般的な喰種捜査官は二等からスタートするが、ハイセは特例であるため三等からとなる。本好きのハイセはテキストを調達してもらい、アカデミーの座学も頭に叩き込んでいたが、それでどうにかなるものでもない。
 彼は心臓を押さえる素振りをして、溜息を吐いた。

「やっぱり、緊張するなぁ……」

 ハイセの心配事は、自身の特殊な生い立ちにある。もともとは人間であったのに、喰種の器官、赫包(カクホウ)を移殖されたせいで、半喰種となってしまったのだ。それから喰種側に立つようになった彼を、CCGの最強捜査官・有馬貴将(アリマキショウ)が捕らえ、喰種収容所・コクリアに収容した。
 コクリアで記憶を失くして目覚めたハイセは、名をつけてくれた有馬を内心父と慕うようになり、「更生プログラム」に則った有馬の訓練を受け、今日この日、有馬と同じ捜査官としてCCGへの入局を果たすのである。
 だが彼は髪のせいで目立つし、半喰種など信頼に足らないと考える捜査官もいる。それにハイセは記憶がなく、本を読み漁って身につけたこの世界の知識は付け焼刃でしかない。ものごとをよく知らないままで、周囲の信頼を得られるだろうか。
 ニヒツは視線を前に向け、まだ式の始まりまで時間があることを確かめた。ハイセに視線を戻し、小さく口を開く。

「有馬特等のために、互いに全力を尽くしましょう」

 シンプルな言葉が、ハイセの心にするすると入り込む。難しく考えなくていい、と彼はその言葉を訳した。
 彼にとっての父・有馬貴将は、入局後のハイセを自身が隊長を務める0番隊に入れると言ってくれた。有望な新人捜査官を地下調査に連れて行き鍛えるというのは毎年の行事だが、ハイセは自分に向けられた期待に精一杯応えなくてはと感じたのだった。
 有馬は他人を褒めないけれど、きっと認めてもらえたのだろう。頑張るしかない。全力を尽くして、その期待に応えないと。それ以外に出来ることなどまだない、ひよっこなのだから。

「……はい!」

 笑顔で応えたハイセをその目に映して、ニヒツも目元を和らげ、前を向いた。式が始まる。
 ハイセも前を向きながら、ちらりと隣のニヒツを盗み見た。真面目な顔は、綻ぶ気配がない。
 初めて出会ったときから、ずっとそうだ。固く閉じた、開く時を知らない、まだ青い蕾のように。
 いつか、彼女の笑顔も見られるだろうか。
 出入り口から、春風が吹き込んだ。暖かな風に振り返ると、隅の方に白髪に眼鏡の有馬貴将が隊員を連れて立っていた。CCGで一番の捜査官だから、挨拶をするのだろうか。
 何だか心強くなって、ハイセは人知れず微笑んだ。
 ひとつずつ、積み重ねていけばいい。ニヒツの笑顔にも、きっといつか、たどり着ける。
 高く晴れ渡った空のもと、期待を胸に、ハイセは捜査官になる。

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