小説

□ノベルゲーム(下上#)[pkmn.BW]
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「ねえ、ノボリ?ノベルゲームって知ってる?」

「…なんですか唐突に。仕事中でございますよ?クダリ」

仕事の手を止められるわけもなく、かたかたとキーをたたく音を響かせながら私はその声に耳を傾けていました。
すると私の態度に気分を損ねたのか、クダリはその無邪気な顔で私の顔を覗き込んできました。

「ねえねえ、知ってるの?知らないのお?」
私の机に肘を立て、首を左右に振りながら
クダリはしつこく聞いてきました。

―お客様か駅員の方の誰かから何か聞いたのでしょうか…。
クダリがこうなってしまっては、その興味が満たされるまで質問は繰り返される。
ひとつのことに集中できることはいいことでもあり、周りを見えなくさせる欠点でもあるのでしょうね…

そんなことを頭の片隅に思いながら、質問を繰り返してみました。

「ノベルゲームですか…いかんせん私ゲームには疎いですから。クダリ、そのことはあなただって知っているでしょう?」

「そうだけどさー」

「そうですねえ…ノベルということは、小説ですか」

「うーん、とね…文字がいっぱいのゲームなの!
主人公は、いろんな選択肢からひとつを選んで話を進めていくんだよ!」

「ほう…それはなんだかノベルというよりテキストのほうがあっているような感じで…」

「こ、細かいことはいいのお!!」

「ふふ…はいはい。すみませんでした。
それで?」

「ああ、うんとね、主人公の選んだ選択肢によって最後が違ってくるの!
そこが面白いんだ」

「そうなのですか…どなたかから聞いたのですか?」

「ううん。僕、今やってるから知ってるの」

「…ノベルゲームをですか?」

「うん」

そうつぶやいたクダリは、くすくすと笑い始めました。
何がおかしいのだろうと、聞こうとした瞬間でした。

…どうしたことでしょう。
クダリが笑いながら私の腹部に鈍色に光るナイフを突き立てているではないですか。

「ク、ダリ…?どう、して…?」

ぬめりとした感触を肌に感じましたが、不思議と痛みは感じなかったのでございます。
そうして状況を呑み込めないまま…絶望と恐怖だけが頭を埋め尽くしました。
ですが…途切れる意識の中、私は聞いたのです。


「だってね、見つからないんだよ?僕とノボリのハッピーエンドが。

僕はこんなにもノボリのことが好きなのに、どんな選択肢を選んでもね、ノボリは僕以外の人も見ちゃうの…。さみしいよそんなの。

そう思ってたらね、毎日のなかにいろんな選択肢が視えるようになったの。
どうしてそうなったのかはわからないけど、失敗したらある日までリセットできるようになったんだ。

そう…まるでノベルゲームみたいに。

だから僕、色々試した。

時には僕とノボリ以外の人を全員殺した。でもノボリは僕を見てくれなかった…バッドエンドだった。

ある時はノボリを閉じ込めてみた。せっかくの二人だけの世界だったけど周りが僕らを引き離しちゃったんだ!

何もしないで、感情を押し殺して、ノボリから来てくれるの、待ってもみた。でもだめだった!どっかのよくわかんないヤツがノボリをの身体を汚しちゃったんだ!

その周の時はもう気が狂っちゃいそうだったけど、犯人をなぶり殺しにしたら、またやり直そうって気になれたんだよ。

そして、これの前は、最後の最後の選択肢で僕、自殺してみたんだ。
そしたらノボリ、僕のこと追いかけてくれなかった!僕一人置いて、生きていこうとするんだもん!!
だから、これが最後のパターン。このゲームの本当の終わり。

ねえどうして?僕は、僕はノボリしか見てないのに、ノボリはほかの人のことも気にする。
僕だけ見ていて、愛して欲しいのに…!
だから、僕のことだけ考えてよ…考えながら、僕の腕の中で死んで。
ノボリ」

泣き叫ぶ、最愛の弟の声を。

『そんなことをせずとも、私はずっとあなただけを…』

伝えたかった、私の想い
きっとクダリのこの不毛な悲しいゲームをハッピーエンドに導ける
そんな言霊(ワード)は
永久に、伝えることかなわず
このまま
文字式の羅列に埋もれて…
消えて、しま…



…………
最後、震える唇で必死で紡いだ言葉

「あ、いし…て、います…ク、ダ…」
そこで、視界は暗転
本当に伝えたかったことが、テキストとなって彼に届いたのかどうか
一(いち)データとなってしまった今の私には
悲しいことに、知るすべが
無いのでございます。







「…今、なんて?ノボリ…」
聞き返しても、もうノボリは冷たい。動かない。しゃべらない。…死んじゃった。
まさか、まさか…今になって、ノボリの気持ちを聞くなんて…
もっと、早くに…聞けていたら
ノボリも僕のことを好きだったなんて、知らなかったよ?ノボリ。


不意に流れるいつものBGM
目の前にはいつもと違って(いつもは真っ赤なんだけど)黒いTRUE ENDの文字

「…あー、またハッピーエンドじゃなった」
僕の人生の真実は一貫して
“一つのことに集中しすぎて大事なものを見失う”ことに尽きるらしい。

「ノボリがよく、注意してくれたことなのに、ね」
ちゃんと聞き入れなかった…自業自得なの?

眩む視界
流れるエンドロール
出演者は僕とクダリだけ
そのほか全部が塗りつぶされた、よくわからない終着点

「もっと早くに、ハッピーエンドへの行き方に気が付いていれれば、なあ…」
そうすれば僕の…ううん、僕らの人生は
きっと


『         』

ハッピーエンドで終わることが出来たのに、ね





――
『このゲームは、カセットの電池が無くなってしまったので、セーブデータが消えてしまいました。
また、再びプレイしても、セーブをすることはできませんので、ご了承くださいまし』

テロップが無機質な画面を埋めた








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