小説

□斜陽【6】(承ポル)
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保健室の扉はいとも簡単に開いた。
夕陽差し込む午後の部屋。
いつもと変わらねえ、薬品の香り。オレンジ色に染まったベッド、薬品棚。

でも、そこにいるはずの人物だけが、いない。





「…?」

不在ではないことは、扉の所の掲示で確認済みだったため単純に疑問を感じた。

(どこにいやがる…)

億劫ではあるが、さっさと帰りたいという気持ちが先行し、大声を上げようとした瞬間…





「っごほ…!」

「…??!」

部屋の奥、パーテーション仕切られた先から、その声は聞こえてきた。くぐもった、せき込む声。

(まさか、…な)

想像でき得る、最悪な状況…そんなはずはない、と、確かめるべく、俺はそっとパーテーションの裏の小さな洗面台を見た。



だが、俺の淡い期待は、目の前の光景にいとも簡単に覆されてしまった。


「げほっ…、はっ、あ…あぐっ…かはっ…!」

苦しげに背を丸め、口元にあてられた手の間から、零れ落ちる赤。
保健医たるあいつが、咳き込みながら血を吐く姿がそこにはった。

「…っ??!」



うろたえるこちらに気付く余裕などないのだろう。アイツは肩で息をしながら、なんとか呼吸を落ち着かせようとしている。



「っ…はぁ、…はっ、…あ、げほっ…!!」


しかしよほど苦しいのか、呼吸の合間には咳が混じり、その咳は嫌な水気をはらんで、ごぽっ、という音を立てている。

ここで、駆け寄って背でも撫でることが出来たなら、アイツの苦しみは心なしか、緩和されたかもしれない。(微々たるものでしかなかっただろうが…)
だが、俺の体は目の前の状況に完全に怯み、少しも動けなかったのだ。

動いたのは、アイツの姿をとらえているこの瞳だけだった。






どのくらいの時が、経っただろう。
永遠とも思える時間だったが、思えばほんの数分のできごとだったのだろう。

蛇口をひねり、水が勢いよく流れ落ちる音に、どこかぼーっとしていた俺の意識も一気に現実世界に引き戻される。

赤い雫を洗い流し、一息ついたアイツと、視線が合った…。



「………っぁ…」

「……」

一瞬、見開かれたスカイブルーのアイツの瞳に、俺の姿はどううつっていただろう…。
困惑し、柄にもなくうろたえる俺は、さぞ無様に見えていたことだろう。



「見て、…いたのかい?」


静かにそう呟いたアイツの顔は、まるで何もなかったかのような笑みをたたえていて、俺はどこか君の悪さにも似たものを感じていた。


「お…前っ、だ、いじょうぶなの…かよ…」

やっと絞り出した声は、どこか震えていて…情けなかった。



「…何がだい?」

「な…にが、って…だって…さっき、血…」

「…大したことはないさ…心配はいらない」

「…っ??!」

(何が、たいしたことない、…だ!!)

17年生きてきて、血を吐くことがたいしたことのないことだとは、到底思えなかった。



「ふっ…ざけんな…!」


何にイラついていたのか…あの時はよくわからなかったが、今思えばどこか…自分の体をないがしろにしているアイツの姿に、腹が立ってたんだろうな、と、思う。

何事もなかったかのように帰り支度をしながら、そういえば何しに来たんだ?なんて他愛もないこと話し出したヤツの胸ぐらをつかんで初めて、間近でヤツの顔を見た。




…夢の中のアイツより、愁いを帯びた…藻の悲しげな顔だった。



「何が大したことない、だ…くそやろう!あんな…、あんな姿見て、そんな言葉信じられっか!」

「…何をそんなに激昂しているんだ、君らしくもない」

確かに、俺らしくねえとは思っていた。こんなに声を荒げるなんてって…でもそんなこと考えてらんねえほど俺の心はざわついていた。



「俺らしく、ねえ…?お前に何がわかるってんだよ!

…俺は、俺はっ、お前のこと…し、んぱい…して…」


「……、”空条くん”」

「…??!」

『心配している』、そう、本当に柄にもないことを言おうとした俺の耳に聞こえた、冷めた声。



「心配?悪いが…そんなことを頼んだ覚えは、ない」


そう告げられ、頭の中がぐしゃぐしゃになった。



「っ、…!!そう、かよ!!」


やっと絞り出したその言葉を吐き捨てるように言い残し、次の瞬間俺は思わず保健室をとびだしていた。

(畜生、…なにやってんだよ、俺っ…!)


あの夢のことで、ただでさえもやもやしていた俺の心は、アイツの態度でさらに落ち着かなくなった。

どうして、あんなムキになっちまったのか…おどろく花京院をよそ目に家に帰ってから冷静に考えてみようとしたが、うまくいかなかった。


ただ明日…学校に行ったらあいつに、今度は落ち着いて、どういうことかきこうとは、思っていた。
















そんな俺の淡い決意は、アイツ…保健医、J・P・ポルナレフの突然の退職という最悪な形で実行されることはなく


もやもやとした胸のしこりを残して日々は過ぎようとしていた。











(斜陽、揺れ動く)





























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