小説

□掠れた声と、消えた鳥(佐幸#)
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・『切り取られた星空』と内容的に続いております














目の前いっぱいに広がる星空と


真っ赤な顔をした幼子。






ぎゅっ、とその小さな掌は俺の着流しの裾を掴んで離さない。











『っ…それがしはもう、おほしさまはいらぬ!!


だから、だからさすけ!!』














見開かれたその栗色の瞳から溢れる大粒の涙にも、満天の星空は映っていて










『おまえはずっとそれがしのそばにいろ!!


し、しぬなぁさすけぇ!!


それがしを、ひとりに…
しな、いで…。』

















断片的な遠い記憶。


何故急にそんな記憶が蘇ったのか。













ああ、そっか…










「…さすけぇっ!!!!」













目の前の光景が、あの日と重なっているからだ。



















苦戦を強いられた今回の戦。


何時ものように先陣を行く旦那を追いかけ進む俺の目の前で、旦那は敵の忍隊に囲まれた。


咄嗟にその輪に入って俺も戦った。











数日間続いた雨のせいでぬかるむ足元に、バランスを崩した旦那。


そこを狙う忍。









俺はただ無我夢中で旦那を庇い、武器を奮った。



















「…さ、すけ?」


後ろで聞こえたはずの旦那の声が、なぜかかなり遠くから聞こえてきて、そしてすぐ、体に力が入らなくなった。













「さすけ…俺を、庇って…?」











どうやら地に倒れたらしい。


暗い空を背景にして、旦那が呆然とした顔で覗きこんでいた。










「だ…んな、けが…ない?」









何時ものように飄々とした口調で旦那を安心させたいのに、何でかな、上手く声がでない。









「俺は…お前が守って、くれたから…。」


「そっ…か。」











良かった






そう、笑いかけようとした矢先、突然襲った吐き気に咳き込むと、ゴポリとあからさまな音をたてて口から生暖かい液体が滑り落ちる。











もう味覚もくそも無いけれど、それが自分の血だと―吐血したのだと、本能的に理解する。



受けた傷の多さと深さを考えれば、当たり前のことだ…。













死が近いというのに変に冷静な自分が可笑しかった。














「さ、すけっさすけ…血が…血が止まらぬ…さすけ…さすけ…。」


「……んな…。」


「あ…もど、ろう、さすけ。本陣に戻ろう。そうすれば薬師がきっと…。」


「……だんな、もぅ、いいよ…。」













おろおろと俺の体を起こそうとする旦那に、柔らかく拒否の意を示した。


だって自分の体がもう使い物にならないことくらい、自分が一番分かってたから。











「そんな…弱気なことを言うな!!お前は…生きてくれるのでは、無かったのか!?」


「…ごめん。」


「やく、そくを、違える気かっ!?」


「…ごめん、ごめんね…旦那。」














ゆるゆると襲い始めた眠気に飲み込まれそうになりながら、軋む体に鞭打って、旦那の頬に手を伸ばす。


そこにあった栗色の髪は本来の柔らかさを失い、返り血でパサパサになっていた。













「……だんなの、かみ、もう…ゆって…あげられ、ないや。」


「さすけっ…。」








他愛もない日常の幸せが、刻一刻とこの手のひらから溢れ落ちていくのがとても寂しい。











「しぬなぁさすけっ…しぬな!!」
















あぁ、重なる。



『おまえはずっとそれがしのそばにいろ!!』










あの日の、幼かったあなたに









『し、しぬなぁさすけぇ!!


それがしを、ひとりに…
しな、いで…。』













そして鮮やかに蘇る


主の願いと望み




















「おほし、さま…。」


「…さすけ?」


遠くなった世界で泣きじゃくる旦那を、ただ慰めてあげたくて


貴方を笑顔にさせたくて










「だんな…ちいさいころ…ほし、いって…いっ、てた…でしょ…?」


「……ぁ…。」


俺の言う自らの『願い』を思い出したのか、旦那は頭(かぶり)をふった。


どうして?


旦那あんなに欲しがってたじゃない。


今なら俺、取ってこれるんだよ?












「…おれが、とって…きてあ、げる…。だか…ら、なかな…い、で。」









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