小説

□君と世界の夢物語(佐幸#←才)
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あの日、心からそう思った。


その後の佐助の驚いたような、喜んだような顔も、忘れられない。










羽音が微かに聞こえ、傍らに鴉が降り立ったことが伺い知れた。


が、一向に俺の身体にその鋭い嘴を突き立ててくることはない。


カァ


ただ鳴くだけで何もしない鴉。


さすがに不思議に思い始める。













もしかして…













「…す、…?」


お前なのか?なぁ佐助。


迎えに来てくれたのか?











『待ってるから。』







あぁ、やっと、やっとお前の所に行けるんだな。


ずっと会いたかった。


お前が俺の全てで、お前は俺の一部だったのだ。


その証拠に、お前が居なくなったあの時から、俺の胸には埋められない穴が開いてしまったのだ。













カァ


傍らにいた鴉は一鳴きして、羽を広げた。

飛び立つのだろうか。













行くのか?


―もちろん俺も一緒に逝って良いだろう?











飛び立った一羽の鴉。
僅かに射す太陽光にその漆黒の体躯が煌めく。



死ぬのは怖くない。
何故ならそれは再会だからだ。












「…さ…、」











動かない腕を必死に空へ伸ばす。


その漆黒の体躯を抱きたくて、触れたくて












―今、約束を果たしてもらう時。
















そして俺は、目を










































「……な、……んな、………











旦那っ!!」


「うわぁっ!!」














突然耳元で聞こえた声に、思わず飛び起きる。


…まだ耳が痛い。


文句を言おうと声の主を睨み付けた。





「何をするのだ、佐助!!」


「何って…旦那が起きないからでしょ!?何回呼んだと思ってるのさ。朝ごはんもう出来てるのに。」


「むぅ…そうか?」


いつもは彼の声ですぐ起きる筈なのに、今日は起きなかったのか。それは確かに大声を出したくもなるなぁ。







ふと佐助がいぶかし気な顔をして、俺の顔を覗きこんできた。


「な、んだ。」


「…旦那、何で泣いてるの?」


「え…?」









佐助に言われて初めて気が付き、手を頬に伸ばした。


確かに濡れている。









「ほんとだ。」


「何?やな夢でも見た?」


呆れたような、でも優しい笑みを浮かべた佐助は、俺のベッドに座り込んだ。


「…ううむ。確かに夢を見ていたような気もするが。


嫌な夢では無かった、気が。」


「なら?」


「…なんだかな、安らかな気分になったのだ。


まるで会えなかった大切な者に会える、という感じだ。


自分は何か恐ろしいモノに捕らわれてしまいそうなのに、嫌じゃなくて…。


とにかく、いい夢だった。それだけは言える。」


「…そっか。」


佐助はそう言うと俺の頬を拭った。













カァ


朝には珍しく、窓の外で鴉が鳴いた。









そして、ふととある質問をしたくなって、佐助の瞳を見つめる。









なぜ、こんなことを聞きたくなったのだろう?













「佐助、お前は鴉が好きか?」


「…え?」


「俺は、好きだ。


あんなに気高い生き物を、俺は知らない。」



















何故だろう。


前にも、こう答えた気が…


そう、さっきまで見ていた



夢の中で―…






















俺は一人、部屋の主の居なくなった部屋でベッドに座り込んだままだった。


旦那は気まずくなったのだろう、顔を洗いにそそくさと部屋から出ていってしまった。


さっきの質問を思い出す。


そして…
















「俺がした、質問。」


そう、遥か昔、群雄割拠の時代に、俺が彼―真田幸村に聞いたこと。


それに、


『気高い』


そう言ったのは昔の俺だ。
















「…そっか。旦那、全く覚えて無いってわけじゃないんだ。」


―待ってて、良かった。









今、あの日の約束を本当の意味で果たせて、俺は一粒だけ涙を流した。
















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