小説
□君と世界の夢物語(佐幸#←才)
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*輪廻転成あり
*真田十勇士捏造あり
月は欠けたらまた満ちる。
でも掌から零れ落ちた水は元には戻らない。
なぁ、佐助。
あの時、俺を庇ってお前が命を落としたあの日から
俺の胸には塞ぐことの出来ない大きな穴が開いてしまった。
とにかく、月の綺麗な夜だった。
寝巻きに上着を軽く羽織り、静かに部屋を抜け出して見上げた夜空はとても綺麗で、思わず見とれていた。
―ズキッ
「っ…!!」
胸に鈍い痛みを感じるまでは。
「つ…う…。」
痛みに胸元を強く握るが、緩和されることもなく、立っていられなくなって近くの木に寄りかかるようにして地に座り込んだ。
「!!主っ!!」
聞き慣れた声を耳にしてゆるりと顔をあげれば、目にも止まらぬ速さで才蔵が俺の体を抱き抱えていた。
「…さぃ、ぞっ…。」
「このように寒い夜に出歩かれるからです。もっとお体を大切になさって下さい。」
「…すまぬ。」
ゆらゆら揺れる才蔵の腕の中、自らの弱さに悲しくなった。
主を横にさせると、大分落ち着いてきたのか直ぐに眠ってしまったようだった。
「…。」
横たわった主の顔色が悪い。昔のように赤みがかった頬は、そこにはもうない。
それになにより、発作の頻度がかなり上がっている。
「また医師に見せなければいけない、か。」
あまりに過酷で悲しい事実。
その定めを背負わざるを得なくなった小さな主の力になれたら、そう思うのに、彼の中の隙間を埋められないことがとても歯痒かった。
主、真田幸村様の異変を一番早く見つけたのは、死んだ長の変わりに主の側につくことになった由利鎌之介だった。
長であった猿飛が主を庇い死んだ戦から数日間、主は悲しみに暮れる暇もなく闘い続けなければならなかった。
その姿を見た誰もが、平生の彼とのあまりの違いに驚いたに違いない。
ひたすら敵本陣へ向け進む姿はまさに紅蓮の鬼そのものだった。
戦が武田の勝利で終わると、主はやっとゆっくりと長と対面することが出来た。
しかしそれはあまりに悲しい再会だった。
何故なら長はすでに、主の小さな掌に収まるくらい小さくなってしまっていたのだから。
主の手が、長の血に染まった忍装束に伸び、掴もうとして止まった。
空中に手を伸ばしたまま、主は小刻みに肩を揺らし、声を震わせた。
上田城へ戻り、長を主との思い出の地に葬る時、主は長をその手に乗せ、吹いた風に散らせた。
『待っていてくれるのであろう?』
そんな小さな呟きも風に流され、本当に側にいた俺の耳にしか入らなかった。
それは長が死ぬ間際に交わした誓い。
主は地平線に沈み行く太陽の遮光に長を見たのだろうか。
彼方を見つめるその顔は、とても穏やかで悲しげだった。
そして
鎌之介が主の異変に気付いたのはその次の日だった。
突然胸を押さえて苦しみだした主を医師に見せに行った鎌之介が聞いた主の状態は、あまりに酷なものだったという。
『今の医学では良くは分かりませぬが、どうやら幸村様の心の臓には穴が開いているようです。
そのせいで心の臓の働きは極度に弱まっております。このままだと、もって…一月、かと。』
その後それを聞いた俺が真田十勇士を集め、事の次第を伝えた。皆、悲しげに俯くしか出来なかった。
「長が、居なくなったからですかね。」
ポツリと呟く。
「…そうだろうな。きっと、精神的な何かが身体にまで影響を…。」
「主には、生きていていただきたい。だが…。」
「主の生きたいようにさせることが、我々に出来る唯一のことでは無いだろうか。」
「…そうだな。」
主に医師の診断内容を詳しく伝えると、意外にも落ち着いた様子で、予想はしていた、などと言い出した。
と言うのも、主が胸に痛みを感じ始めたのは、戦が終わってすぐの頃だったと言うのだ。
心配かけまいと隠してきたと呟いた主に、呆れて声も出なかった。
そしてそれから幾日過ぎ、幾日過ぎ、主は日に日に弱っていった。
発作の頻度も、少し前と比べ物にならないほどだ。
皆、何となく覚悟し始めているのかもしれない。
主の、死を。
そう思うと、感情の乏しい俺の頭が、形容する言葉を探しあぐねる。
この、苦しくて、悲しい想いは、なんなのだろうか。