砂時計
□003
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相変わらず蒼空は要領が掴めないでいた。
始めて四日目まではアレンが根気良く鍛錬に付き合ってくれていたのだが、アレンはリナリーと一緒に任務に出たのでそれからはひとりで、我武者羅に発動を試みていた。
食事も睡眠も忘れるほどに、蒼空は我武者羅になっていた。
日にちが過ぎる度に焦りは積もっていくばかり。
とうとう、第二段階の訓練が始まって一週間後には倒れて医務室送りになった。
婦長のお小言は耳を通り抜けていくだけで頭に入ってこない。
起き上がろうとする度にベッドに押し付けられるのが悔しくて悔しくて。
「エクソシストは身体が資本ですよ。今はちゃんと休みなさい」
『イノセンスを扱えないエクソシストはエクソシストじゃない!!』
「それを言ったら、病人をみすみす悪化させるような看護婦は看護婦じゃありません!!」
『いいから離してよ!!』
悔しい。
もっと元気だったら押しのけられるのに。
無理してるのは重々承知の上だよ。
でも、他のエクソシストは戦場で最前線で戦う。
安全な場所で、発動も出来ないでちょっと倒れたからって回復するまで介抱して貰ってなんて、何もできない自分が惨めで堪らない。
『身体が治っても、私のプライドが傷だらけになっちゃう!!!』
「そのぐらいにしとけ。蒼空」
突然聞こえたテノールの声。
聞こえた方に目を向けると、呆れ顔の黒髪青年がいた。
『神田・・・神田には分かるでしょーっ、なんとか言って説得してよぉっ!!』
「いいえ何を言っても聞きませんよ」
「気持ちは分かるがお前の鍛錬のやり方じゃこのまま行っても同じことの繰り返しだ」
『・・・っ』
それは、なんとなく自分でも気付いていた。
一週間同じことを繰り返していても、ちっとも進歩しなくて、焦るほどにイノセンスが遠ざかっていくようで。
「自覚はあるようだな」
エクソシストではない人には私の悔しさなんてわかるはずがない、なんて思っちゃう自分の心の醜さに悲しくなる。
婦長は私を想って怒ってくれている、それぐらい本当は分かってる。
本当は、冷静になればちゃんと見えてることなのに、この焦りが周りの世界を見えなくさせているんだ。
『私・・・焦ってて、大事なもの見失ってる・・・』
それを理解した瞬間に涙があふれてくる。
悲しいのか、自己嫌悪なのか、苦しいのかも分からないけど涙が止まってくれず。
婦長が優しく抱きしめてくれる。
次はそんな愛情に嬉しさで涙が出てきた。
「お前がイノセンスを早く発動出来るようにならないからって責める奴がいるのか?」
『・・・・・・。』
いない、訳ではない。
探索班の人達のわざと聞こえるような悪口を気にしないではいられない。
「・・・お前が、そいつを絞めてくれと言えば俺はいくらでもやってやるが・・・お前はそんなんを望んじゃいねぇことは分かる」
『・・・よく、分かるね・・・エスパー?』
「バカかお前は。・・・イノセンスを発動できるようになるのが遅かろうと、お前がいらない人間になる訳じぇねえ」
『あはは・・・やっぱエスパーだ。じゃなきゃそんなことまで分かりっこない』
「そりゃ、お前が俺に色々話したんだから、お前がどんな思考回路をしてんのか大体想像つく」
あれ・・・おかしいな、自分が自身に向き合うために話したかっただけで、「聴いて」くれる人は避けたと思ってたのに。
神田がちゃんと聞いてくれたのは嬉しかったけど、それから私のことを考えてくれることがあるなんて意外過ぎて。
「ただ俺には、お前は一生懸命になることが目的になっているように見える」
『・・・どういうこと?』
「要領を得てないのはまぁしょうがねえ。何からやっていいのか分からねえのは皆同じだ。そもそも俺は強制されていたから、お前のようなケースにアドバイスのしようがねえのが事実だ。俺が言いてえのは、「必死にやってんだから文句言うな」とでも言ってるかのように見えるってことだ」
『・・・・・・そうだったかも』
「でもそれがやりたいわけじゃねえだろ?」
『うん。』
「・・・なら、ひとまず今日と明日はしっかり休め。そしたら明後日から俺が稽古つけてやる」
『本当!?』
「ただし俺はもやしみてぇに甘くねえ。アイツがいなくなってから無茶してたようだが、俺との稽古は半日で医務室送りになる可能性だってあるぜ」
『それでも構わない』
「・・・だそうだ、婦長。今日明日はこのじゃじゃ馬をベッドに縛り付けておいてくれ。それから明後日以降いつでもこいつが来ていいようにベッドの確保は頼んだ」
それだけ言うと神田は満足したのか、背を向けて部屋を出て行こうとする。
『神田』
「・・・あ?」
『ありがとう』
「・・・治ったら、コーヒーを淹れに来い」
『!・・・任せて。とびきり美味しいの淹れてあげる』
「期待しとく」
『うん。・・・おやすみ』
「ああ」