贈呈館
□verdure
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“アイツ”がやってくるのはいつも突然。
何の約束も前触れもなく、時間すら早朝だろうが深夜だろうが関係ない。
場所も人目も気にせず、気の向くままに気まぐれに現れる“アイツ”は…
喜ぶべきか悲しむべきか…
オイラの…実の兄だったりした…。
ガララッ…
「おやおや…無用心だね。鍵はちゃんと掛けなくちゃ駄目だよ、葉?」
「……お前が言うな」
今日もコイツは呼んでもいないのにオイラの部屋の窓から断りもなく不法侵入してきた。
土足で人様の家に上がんのは行儀が悪い、畳が汚れたらどうしてくれるんだと…(アンナに怒られて掃除すんのはオイラだからな…)
今までにも散々言ってきた事だが、この傍若無人の見本とも言える兄は全く聞く耳持たず、時にアンナに見つかって追い出されても懲りずにやってくる。
そんなコイツにオイラもいい加減言い返す気力もなくなって、今ではコイツの―――ハオの―――好きにさせている。
「もしかして僕の事待ってて…」
「鍵が開いてんのはどうせ掛けてもお前が入ってくるから壊されるよりはマシだと思ってだ」
ホントに…
毎回鍵を掛けてもハオにとっては何でもない事らしい。
突然にこやかな笑みを浮かべて普通に入ってくるその様は泥棒なんかよりよっぽど怖かった。
むしろ普通の泥棒だったらどんなに良かったか…。
「………照れ隠し?」
「いや、ありえんし」
なんでこんな事で実の兄に照れにゃならんのよ…
ハオは時々ワケ分からん
「でももうあまり文句も言わなくなったよね、葉は」
「言ったって聞かんくせに…。
って靴履いたまんま来んなって」
窓に掛けていた腰を降ろし、ハオは貼りついた仮面のような笑顔を浮かべたまま土足で近付いてきた。
「誰が掃除すると思ってるんよ」
「汚れないよ」
「ホントか〜?」
「汚れないさ」
どっからそんな自信が湧いて出てくるのか知らんが、確かにハオの後ろには歩いた跡らしきものはない。
「んんっ…?」
「文句ないだろ?」
してやったりという笑みを浮かべ、ハオは当たり前のように布団の上に座っているオイラの隣に腰を降ろした。
「またお前の力かなんかか?」
「まさか。
それより『綺麗好きだな』って褒めてもらいたいな」
「綺麗好きだったら、いくら靴が綺麗でも脱ぐだろ」
相変わらずコイツはどっか抜けてるとこあるんだよな
「まあ、ちっちぇえ事気にすんなよ」
「………」
「それより今日はどうだった?またアンナの地獄の特訓とやらをやらされていたんだろ?」
「あ…ああ……。今日はな…」
ハオがここに来る理由は、今でもよく分からん。
何をするでもなく、ただオイラが過ごした日々を聞いては満足気に帰っていく…。
そんな日々が繰り返され、ハオが来るようになって五日目の夜には他愛ない会話を交わせるまでになった。
「今日はどうだった?」
その言葉にもう違和感や警戒心を感じなくなり、オイラも当たり前のようにハオに今日あった出来事を報告する。
多分…これが兄弟ってやつなんかな?
「ふぅん…相変わらず厳しいみたいだね」
「マジで死ぬかと何度も思ったんだぞ?」
「それは困るね。葉に死なれたら僕が王になっても意味がない」
「………」
ハオが自分に会いにくるのは兄弟としての情か、転生の過程で生まれた副産物に対する興味か…。
その事だけがどうしても分からず、また、気軽に聞けるものでもなかった。
ただの道具だと思われているかもしれない。
いや、その確率が断然高いのは分かっている。
それでも……
ほんの少しでも自分の事を、兄弟として想う気持ちがあればいいと…
心の底で思っている自分がいる事をオイラは知っていた。