Novel

□☆1943
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 飛んでいた意識が帰ってきた時、最初に感じたのは"痛い"よりむしろ"寒い"という感覚だった。同時に頬が痺れたような感じがして呆然とその部分を撫でてみる。
 ぬるりと、手の平に赤黒い液体がまとわりついた。
 痛覚というのは意識してから完全に覚醒するものらしい。途端に体中に鋭い痛みが走った。よくよく見てみると、砂埃と煤にまみれてすっかり黒くなった軍服はあちこち破れてそこから血がにじんでいる。痛い。でもそれ以上に寒い。そしてひどく疲れている。このまま目を閉じたら眠れそうな――

「イタリア……?イタリアか!?」

 切羽詰まった声に薄目を開けた。視界に入ったのは懐かしい氷色の瞳。

「ドイツ…」

 来てくれたの?と続けようとして止められた。彼はこちらに走り寄ると、そっとイタリアの上半身を起こさせる。そして腰にベルトで固定したウェストポーチから消毒薬と包帯を取り出し、傷ついた腕に巻きつけ始める。

「あのね、イギリスとアメリカがいきなり入ってきてね…」
「喋るな」
「俺、一応頑張ってみたんだけどとてもやられちゃって…」
「喋るな!」

 きつく言われて、というよりむしろ疲れてそのまま黙る。ドイツがきゅっと包帯をしばり終えたのが見え、思わず息をついた。

「…イタリア」

 ふいに、ドイツが口を開いた。

「お前は、もう降伏しろ」

 コ ウ フ ク ?
 自分が聞いた音が信じられなくて、思わず聞き返す。ドイツの顔は、包帯を結んだ時のうつむきがちのままなためわからない。

「お前はもう十分戦った。あとは俺と日本に任せて――」
「嫌だよ!」
「!!?」

 思わず、ドイツの両腕を掴んだ。相手は振り払おうとしたが、きつく握っているために叶わない様子だ。自分でも一体どこにそんな力が残っていたんだろう、と思う。

「嫌だよ降伏なんて、俺まだ戦えるよ!!」
「イタリア…」
「第一、三人しかいないのに俺がやめたらどうなるの!?それに日本は?一人で頑張ってるのに…!!」

 はるか彼方、東の果てでたった一人で戦う彼は。数少ない仲間の降伏を知ってどんな思いになるのだろう。

「……イタリア」

 いやいやをするように首を振り続けるイタリアの肩に、ドイツがそっと手を置いた。そして、絞り出すような声で言う。

「頼む…もう、やめてくれ。降伏するんだ」
「嫌だ」
「イタ…」
「絶対嫌だ。なんで?普段のドイツなら絶対そんなこと言わないよ。ねぇどうして?俺のこともういらないの?」
「なっ…」
「だってずっとそうだった。いっつもみんな俺のこと都合良く使っていらなくなったら捨てて……。でもドイツは違うって思ってたのに!」
「イタリア…」
「そりゃ俺はそんなに戦争強くないよ?足手まといだよ?だからってそんな」
「イタリア!!」

 叩かれたのかと思った。そんなはずはないけれど、でも叩かれたのかと思った。我に返ると、瞳をじっと見つめてくるアイシー・ブルー。

「気持ちはわかる。わかるが…このまま行けばお前、死ぬぞ」
「……」
「少なくとも、今以上にやられてしまって……もう元のように陽気に過ごせなくなるかもしれない」
「いいよそれでも、ドイツと戦えなくなるくらいなら」
「俺が良くない。俺が……そんなお前を、見たくない」
「――っ」

 その言葉に、はっとした。だってそれは、いつかに自分がかつての友人に言った言葉。滅びが目の前をかすめていても、それでも戦おうとする相手に言った言葉。

 あぁ、自分は今、"彼"と同じなんだ――。

「……イタリア」

 黙ってしまった自分の名を、ドイツがもう一度だけ呼んだ。イタリアが黙ったまま、小さく肯いた。そして、

「そうか…良かった」

 そう、ドイツが呟くのが聞こえた。







1943年9月3日
  イタリア王国無条件降伏








(ねぇ、あの日の彼と今の君と未来の僕らに救いはありますか?)




fin.
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