Gift
□☆ombrello
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* * *
雨雲が陽を隠したために薄暗さが辺りを包む地下鉄の駅の出口に立った瞬間微妙に後悔した。奴の家と行政の中心街を行き来するにはこの地下鉄が最寄りであり、出入りもこれが一番便利なのだからここで待っていて間違いは無いはずだ。けれどこの場で一人いつ帰るかわからない人間を待ち続けると言う作業は、想像していた以上に不安で寂しかった。
たいていの人は意に介した風もなくロマーノの前を素通りして行くけれど、時たま向けられる怪訝そうな無躾な視線に途端に居心地が悪くなる。
(早く……帰って来ねーかな…)
そう頭の片隅でちらりと思ったとき、
「――ロマーノ?」
いきなり、聞き慣れた声が降ってきた。瞬間、驚きと他の何かがないまぜになったような感情が弾ける。この、訛りが混じった少し甘くてふわっとした喋り方をする声は。
「ス、スペイン!? ももももう帰ったのかよ!?」
反射的に口をついたのはそんな感じの台詞だった。我ながらに可愛くない言葉だとは思ったが、それもこれもついさっきまで『早く帰って来て欲しい』なんて思っていた相手がいきなり現れたりしたのが悪いのだ。誰だって混乱する。
言われた当のスペインはたいして気にした風も無く、
「うん、思ったより会議すぐに済んだんよ。でも家でロマーノが待っとるから寄り道せずに真っ直ぐ帰って来たんやで!」
褒めて欲しいわぁ、と超が付くほどの笑顔で言って来るスペイン。なんだか今のこの欝々とした天気には不似合いな気がしたが、スペインはこれだからこそスペインなんだという気もした。
「……と、そういえばなんでロマーノはここにおるん?」
「なんでって、雨降ってきたのにてめーが傘持ってなかったから…」
持って来てやったんだろ! とはさすがに言えなかった。なんだか、負けた感じがするから。
けれどスペインは皆まで言わずともすっかり了解したようで、あぁ、と顔を綻ばせると、
「もしかして傘、持って来てくれたん!? 良かった俺どないしようと思っとったからほんまおおきになロマーノ!!」
これで濡れずに帰れるわぁ、と嬉しそうなスペインにロマーノはなんだか無性に照れ臭くなって、思わず怒鳴った。
「う、うるせぇよほら、帰っぞ!!」
そう言ってくるっと相手に背を向けると、
「あ、ちょい待ちロマーノ!!」
「なんだよ!! 帰らねぇのかよ!?」
「いや、帰るのは帰るけど。傘が、」
「は? だから傘は持って来て……」
そこまで言ってから、あっと口を嗣ぐんだ。一方のスペインは笑いだしそうでいて申し訳無さそうにも見えるようななんともいえない顔で言う。
「ロマーノ、傘一本しか持って無いやろ? それがロマーノのなら……俺の、どれ?」
しまった。
あんまり慌てて出てきた物だから、無意識にかっさらったこの一本しか持って来ていなかった。今更になってその事実にようやく気がつき、
「嘘だろ……」
あまりの自己嫌悪感に、思わず両手で頭を抱えた。その拍子に片手で持っていた傘が、肩と頭にぶつかって引っかかる。
結局自分はいつだってそうだ。何をやったって不器用で失敗ばかり、できることは怒鳴ることだけ。たまには人の役に立とうとしたら、今度はこの様だ。
情けないな南イタリア。お前は田舎でパスタでも食ってるほうがお似合いだよ。
「――ロマーノ」
す、と肩に乗っていた傘の柄が外れた。僅かな重みがふわりと無くなる。
「……残念だったな、こんな間抜けな奴が子分で」
顔を上げると、スペインが困ったように笑っていた。そしてぽん、とその手をロマーノの頭に乗せて、
「そんなことない。ロマーノは俺の自慢の子分やで? だって、この傘あったら普通に帰れるやん」
「……どーするんだよ」
「せやからな、ほら」
そう言って、スペインは傘をさしたままぐいっとロマーノを引き寄せた。二人の距離が、お互いの体温がわかるくらいに近くなる。
「おいスペイン!?」
当然ながらロマーノが抗議すると、スペインは至極当然と言った顔で
「傘、一本しか無いんやろ? やったらこうせんと二人で入れんやん」
と言ってのけた。
「〜〜〜!!」
元々は自分のせいなのだから反論の仕様もなく、そのまま帰り路を歩きだす。ロマーノとしてはスペインと一本の傘を二人で使う、というだけでかなりの精神的消耗を起こしているのだが、スペインはさらに追い討ちをかけるようにこう言った。
「今思ったけど、これっていわゆる相合い傘やんなぁ!」
「ううううっせぇ黙って歩けよチクショー!!」
怒鳴りながら思わずスペインとは反対を向いた。朱が指しているだろう顔を、彼に見られたくなかったから。
笑い声と怒鳴り声、そして隠れた感情を包み込みながら、一本の黒い傘はマドリードの街を歩いて行った。
ombrello
(これ楽しいなぁ。またしようなロマーノ!)
(誰がするかよ!!)
→言い訳という名のあとがき