<少年兵C>


その少年兵が自分の部隊にいるのを確認した時、イリヤンは溜め息をついた。
昨日ファイルに目を通したが、ソルジャー試験に落ちて一般兵勤務に廻ってきたようだ。

神羅兵の募集は、公募試験を通ってきた若手の新兵と、就職にあぶれて兵士の職を見つけようと適正検査を受けてきた中年の兵に大別される。
ただ、時々ソルジャー試験で不適正とされた若い新兵もちらほらと混じる。
問題を起こすのはたいていこのソルジャー落ちの連中だ。

彼のファイルをめくってみたら、『情緒面で不安定な傾向があるため不適正』と書かれていた。体力面はかなりのものだった。一見華奢にみえる身体は意外にも強靭なようだ。

まいったな・・・性格面でもいくつかチェックが入っていた。
『内向的で対人関係に問題あり。』『環境適応に時間がかかる。』『感受性が強い。』
こんな仕事より、芸術関係にでもいけばいい・・・
イリヤンは苦笑しながら手元のファイルを忌々しげに閉じた。
すでに昨日の入寮式でトラブルを起こしている。
ニブルヘイムを田舎だとからかった同室者とケンカになったのだ。

これから閲兵式を前にしてイリヤンの前に整列している新兵たち。
その中にひときわ目立つその少年はいた。

眩いばかりのプラチナブロンド、ぬけるような白い肌。端正な顔立ちに夢見るような水色の瞳の少年。
厄介きわまりない。
自分の容貌についての自覚はまったくないようだ・・・
この顔立ちに騙されてちょっかい出すヤツもいるだろう。
コイツはきっとどこに赴任してもトラブルメーカーだろう。自分では何の自覚もなく。

神羅の副社長の訓示のあと、新兵たちは支給品のヘルメットと装備一式を受け取りそれぞれの小隊ごとに訓練のオリエンテーションへと別れて行った。
これからはともかく一刻も早く現場で使い物になるよう基礎体力訓練をし、武器の扱い方を叩き込む。
イリヤン少佐は負けん気の強そうな少年兵の顔を憂鬱な気持ちで思い出しながら士官室に向かった。


ソルジャー1stの離反騒ぎで神羅の中枢部もかなり揺らいでいる。
自分の受け持ちがソルジャーでないだけマシだったというものだ。
神羅においては、まず第一等の秘密業務はタークスがこなす。
危険な汚れ仕事が多いが、ソルジャーでは目立ちすぎてしまうので特殊訓練を受けた「人間」が従事している。
秘密業務の中でも軍事的意味合いの強い特殊任務はソルジャーの出番だ。
しかし、実際はソルジャー数名に一般兵数十から数百名がついて軍事任務をこなす。
不穏な事件が多く、神羅への風当たりも強い昨今、ウータイへの軍事行動をふくめ一般兵の需要は高い。
ともかく基礎訓練をきっちり積むことだ。
そして命令系統への疑問なき忠誠。
神羅の屋台骨を揺るがしそうな事件が相次ぐ中、忠誠心に篤い質の良い一般兵を育てることは急務であった。


閲兵式からもう3ヶ月も過ぎたころだろうか、イリヤンは報告書の作成に手間取って、遅くまで士官室に一人こもって仕事をしていた。
やっとすべての報告書を書き終えたのはもう日にちも変わろうという真夜中だった。
疲れにきしむ身体を少しでも早く休めようと、一般兵士の宿舎が立ち並ぶ一角を突っ切って近道をした。
兵舎は消灯をとうに過ぎて黒々と闇の中に沈んでいた。
さくさくと土を踏む自分の足音が響く。
暗闇に目が慣れてきたので、士官宿舎への近道につながる植え込みの切れ目をさがしていた時、奇妙な音が聞こえた。
何人かが囁き交わしてるような声と壁にぶつかるような音。
辺りを見回すと、左手にある古い倉庫からぼんやりした灯りが漏れている。
何だろう?この辺の兵舎だったら自分の管轄内だ。
足音を忍ばせて灯りが漏れている建物に近づく。無意識のうちに懐にあるスタンガンをまさぐっていた。

闇の中に線状の切れ目のように扉から淡い灯りが見える。
イリヤンは壁にぴったりつくとスタンガンを構え扉をそっと開けた。

カンテラに照らされた室内には4人の男がいる。一般兵士のようだ。
一人は床に何かを押さえつけている。
扉から目をこらすと金色の頭が床に横たわってるのがチラリと見えた。
男たちの荒い息遣いとくぐもった卑猥な含み笑いが聞こえる。

「こいつは大体生意気なんだよ・・」
「言えるものなら言ってみろよ、オレたちにやられたって。」

一人が足で床に横たわる少年らしい影を蹴り上げた。

レイプだ。

横たわった少年は抵抗するようにうごめき、体を男の足にぶつけた。

「まだ抵抗する気か?」
一人が少年の髪をつかんで顔を持ち上げた。

カンテラの灯りの中で一瞬その少年の顔が見えた。
彼だ。

イリヤンはためらわなかった。

「お前ら!!!何をやってる!!!」

扉をあけて突然入ってきた上官らしい男の姿に室内の男たちは一斉に凍りついた。

抵抗する気配を見せた男をスタンガンで撃ち、残りの男たちは全員壁に向かって両手をあげて立つよう命令した。

「大丈夫か?」
少年の縛めをアーミーナイフで切り、猿ぐつわを解いてやった。

「あいつら・・・殺してやる・・・」
淡い金色の光の中で、少年は目をぎらつかせ吐き捨てるように言った。
唇を切ったのか口の端から血が流れてる。
シャツは切り裂かれ、残骸のように体にまきついてるが、大きな怪我はないようだ。

「立てるか?」

少年は黙ってうなづくと自分の靴を拾い集めなんとか履いた。

イリヤンが無線で警備兵に連絡すると夜間警備の兵士が二人やってきた。
男たちの所属と名前をメモし、彼らを営巣に放り込んでおくよう指示した。

「とりあえずメディカルルームに行こう。すぐ近くだ。」

「大丈夫です。なんともありません。怪我もたいしたことないし・・・」
少年はかたくなな表情を崩さず挑戦するような目つきで言った。

「あの・・ありがとうございました。」

なんだかワナにかかった野生の動物を保護した気分だ。

メディカルルームには誰もいなかった。メモを見ると夜間の救急呼び出しがあったらしく小一時間ほど留守にすると書いてあった。
医療技術兵が帰ってくるまで放置しておくわけにもいかず、しかたなくイリヤンは少年を椅子に座らせると傷の点検をした。

左目の横に殴られた跡が紫になっており、口の中は大分切っている。ボロになった上着を脱がせると胸と背中に数箇所殴打の跡はあるものの、裂傷等はない。
ズボンも脱ぐように言うと嫌がり、大丈夫です、と固い声で答えた。
まあ、ぎりぎりでセーフだったわけだ。

「名前は?」イリヤンは名前はすでに記憶にあったものの、この手負いの獣のような少年に少しでもヒトらしい気持ちが通じれば、と尋ねた。

「クラウド、です。クラウド・ストライフ。第五連隊第三小隊所属です。」

イリヤンは部屋備え付けのガウンを手渡し、メディカルルーム付属の小さいキッチンのティーサーバーからお茶をカップに入れると少年に差し出した。

「すいません・・」
少年は両手でカップを持つと口の中が痛いのかゆっくり飲みだした。

「オレが・・・オレが若くて弱いから・・・」
うつむきながらしぼりだすようにつぶやく。

「オレがもっと強ければ・・・」

その時廊下に足音が響き、医療技術兵をつれた軍医が入ってきた。

「イリヤン!!何だ、今頃・・」イリヤンの同期である軍医のグレゴールは軽く背をこづいて挨拶をすると、椅子に座ってうつむいてる少年に気づいてはっとした。

イリヤンは黙って顎で少年を指し示し、肩をすくめた。
グレゴールは少年の顔を覗き込むとイリヤンの方を振り向き片眉をあげてうなずいた。

「そういうこった。まあ、未遂で何よりだ。」イリヤンはどさりと椅子に腰掛けた。

「おい、バイタルをチェックして傷の手当てをしたら、この子にトランキライザーを一錠与えて、奥のベッドに寝かせておいてくれ。」グレゴールが医療技術兵に命じると、少年は顔をあげ、「オレは子供じゃありません。正規の軍属です。」と緊張した口調で言い、軍医をねめつけた。

グレゴールはやれやれと言うように顔をしかめると、棚に向かい今年入隊した兵士の名簿を取り出した。

「え〜〜と、名前と所属はと・・」

「クラウド・ストライフ、第五連隊第三小隊所属です。」

グレゴールはパラパラ名簿をめくると「16歳か・・・」とうなった。

「ともかく薬を飲んで早く休め。腹痛ってことにしといてやるから。」グレゴールが言うと、少年の後ろから医療技術兵が促し、奥の部屋のベッドへと連れて行った。


奥の部屋に少年が消えたのを見届けると、グレゴールは「神羅も罪なことをするなぁ・・」と言いながらコーヒーをぐいと飲み干した。

「白皙の美少年じゃないか・・イリヤン、どうするんだ・・」

「頭が痛いさ。性格はああだしな。また何か問題を起こすに決まってる。」

「ああいうのはさっさと現場で働かせた方がいい。」グレゴールは名簿をじっと見て栞をはさむとイリヤンに渡した。

「内部にいるより外部勤務にするかな。まあ、今は次々色んなことが起こってくれるから適当な任務をみつくろってここから出そう。」
イリヤンは名簿に目を通すと、「若いなあ・・」と言いながらグレゴールに返した。

「ま、イリヤン先生、早く寝たまえ。君の生徒は今晩預かっておくから。」
だらしなく白衣を着た軍医はイリヤンの肩を叩くと、導眠剤を渡した。

まったく・・・学校の先生ならどれだけいいか。
職員室に呼んで説教したり居残りで書き取りでもさせてりゃいいんだから・・・

イリヤンは有難く導眠剤をもらうと足取りも重く自分の宿舎に向かった。

何事もなく数日過ぎた。
新人兵士の人事配置を考えるために、このところイリヤンは士官室にこもりっきりである。
外勤、内勤と振り分け、適性に合わせて勤務を決めていく。
クラウド・ストライフのところで、パーソナルコンピューターに打ち込む手が止まった。
営巣に入ってる連中が出てくるまえに、外勤先を決めないといけない。


そのころ、離反したクラス1stソルジャーがモデオヘイムに潜伏しているという情報を掴んだ上層部から、調査に行くソルジャーの極秘任務に3〜4人神羅兵士をつけてほしいと依頼が来ていた。狙撃が上手い兵士を推薦、ということだ。
イリヤンはクラウドの勤務成績を確認した。
狙撃はAクラスだった。

調査に行くソルジャーは、1stに昇進したばかりのザックス・フェア。データを見ると18歳、性格面も問題なさそうだ。

ここにつけるか・・イリヤンは人事書類を作成し、推薦人員の空欄にクラウド・ストライフの軍属ナンバーをうちこんだ。
まったくオレは担任の先生だな・・イリヤンは自分のやってることに微苦笑し、問題児の処遇がなんとかなりそうなのにほっとして思いっきり伸びをした。

次の日射撃場の脇を通ると、一人で射撃練習の後片付けをしている、金髪の少年がいた。
イリヤンが近づくとはっとしたように顔を上げしばらく見つめていたが、急に気づいたのか走って近づいてきた。

「先日は・・・ありがとうございました。」今度はきちんと敬礼している。

「まあ、今後は気をつけて、何かあったらきちんと報告するように。」堅苦しく答えてから、
「ところで君は寒冷地は強いか?」と聞いてみた。

少年はふっと微笑むと「ニブルヘイムの冬は雪に閉ざされて、すごく寒いんです。寒いのは大丈夫です。」と答えた。

「近々、寒冷地に出張になるかもしれない。」と言うと目を輝かせて「了解しました。」と再度敬礼をした。
こうして太陽の光の下で見るとまだ初々しい少年だ。頬の産毛が夕日の中真珠色に光っている。
薄闇の中で見た、ぎらつく目つきの禍禍しい雰囲気は跡形もない。

「初任務だな、ま、あまり無理しないでちゃんと生きて帰って来いよ。」というと後ろで敬礼の姿勢を崩さない少年の視線を感じつつ立ち去った。

人事の仕事も一段落し、新兵でにぎわっていた宿舎も大分静かになった。
イリヤンは朝から鼻歌混じりで、新たに配給になった「神羅pA-86」型の車の整備を楽しんでいた。
元々理系で機械いじりは大好きなので、休日にはこの上ない気晴らしになる。
夢中でオイル交換していたので、背後から近づく足音にはまったくきづかなかった。

「よぅ!朝からご機嫌だな。」後ろからグレゴールの声がした。

「なんだ、お前も非番か?」
グレゴールはふらりと近づいてくると整備中の車のボンネット内を覗き込んだ。

「こいつが噂の新型か・・・よく配給してもらえたな、万年人事係長が。」

イリヤンは目を見開くと、「オレの的確な人事が評価されたんだろう。」とにやりと笑った。

「実は中古なんだよ。それでも新型の三気筒エンジンを搭載してるから、スピードは抜群だ。」

「脱走兵でも追いかけさせようってんだろ、神羅の考えてることはそんなもんだ。」

「神羅の技術はスゴイさ。見ろよ、このシリンダーの繊細なこと!」

「技術、技術、技術ね!!!まったくひでぇ会社さ。」グレゴールは日で温まった石積みの上にどかりと腰をおろすとポケットから蒸留酒のビンを取り出しあおった。

「お前、ソルジャーってどうやって作るか知ってるか?」グレゴールは酒臭いわりには真剣な目つきでイリヤンを見つめた。

「魔光を浴びるんだろう?」

「それだけじゃダメだ。もっと大事な処置があるんだ。」グレゴールはポケットに酒壜をもどすと今度は煙草を取り出した。

友人の眼差しに思わずイリヤンは整備の手を止めた。

「ジェノバ細胞って聞いたことあるか?」

「なんだ、それは?オレは生物分野はまったくわからんよ。」イリヤンは話の行く末が一瞬心配になり、周囲を見回した。
よかった、オレたち二人きりのようだ。

「オレも一応医系技官の端くれだからな、Lv・Eクラスの情報は入るんだ。ま、Eクラスの情報なんてミッドガルの酒場の噂話とどっこいどっこいだけどな。」

「それで、そのなんとか細胞がどうしたんだよ。」思わず声が低くなった。

「ソルジャーの戦闘能力ってどれほどのものだと思う?」グレゴールは煙草に火をつけた。

「どれくらいって、一般兵士だったら何人に相当、とかそういうことか?」

「ああ、そうだ。大体100人くらいと戦える・・」

「100人?!!」

「ああ、連中の筋力、敏捷性、耐久力は凄まじいもんだ。もやはヒトとは言えないね。」

「それが何とか細胞のおかげだって?」イリヤンは話がなかなか読めず、思わず聞き返した。

「そうだ。オレもそれがどこから来たものか詳しいことは知らん。いや、むしろ知りたくない・・」イリヤンは煙を吐き出すと、煙が目にしみたかただ日がまぶしかったのか目を細めた。

「お前も長生きしたかったら、見ざる聞かざる言わざるで過ごすことだな。オレもこの件については深入りしないように気をつけてる。」

「じゃあ、何でオレに教えたんだよ・・・オレはそういう話は元から知らないんだぞ。」

「全然知らないっていうのも危険なんだよ・・・今後この手の話は避けて通れ。神羅は恐ろしいぜ。」
イリヤンは首をすくめた。「オレは一般兵の人事だからな、あまり関係ないさ。」

「そういや、この前の金髪坊やはどうしたんだ?」グレゴールは煙草を地面に押し付けて消した。

「ああ、無事にモデオヘイムに向かったさ。」イリヤンはボンネットを閉じ、グレゴールの隣に腰をおろした。

「モデオヘイム?!大丈夫か??あそこにはきな臭い噂が色々あるんだぞ。」

「今更言われてもな〜・・、オレはそんなことはなんにも知らんのだ。」

「あの子はソルジャー落ちだったな。よかったな〜、まったく。これで退役すれば田舎で平凡な人生が送れるってもんだ。」
「神羅もいつまで持つやら・・・」グレゴールは石垣から立ち上がると尻をはたいた。

「お前も給料の半分は神羅クレジットから現ナマにしておけ。オレはこのクソの山に埋もれて身動き取れなくなる前にやめるぞ・・」
グレゴールは酒臭い息をはきながらフラフラと立ち去った。

モデオヘイム・・・まさかあんなところの調査業務で危険があるとは思えないが。
とはいえ、最近の不穏な事件をいくつか思い出したイリヤンは、不吉な影が神羅に忍び寄ってくる気配に、うっすらと寒気を感じた。

数日の後、新兵たちはぼちぼち宿舎に戻ってきた。
モデオヘイム行きのヘリは爆撃を受けたと聞いていたが、死傷者はいないと報告を受けイリヤンは胸をなでおろした。
グレゴールの予言通り、神羅の上層部に何事かが起こりつつあった。廻ってきたモデオヘイムの報告書も曖昧なもので、具体的に何があったのか判らずじまいだったが、追求するのはやめておいた。
科学部門には緘口令が敷かれてるらしくどこまでが本当がわからない噂があちこちでまことしやかに囁かれている。どうやらソルジャー1stと一部の科学者が神羅と決裂したという話が一番信憑性があるようだ。

一般兵の引き締めのため、神羅の治安維持部門から統括のハイデッガーが閲兵と演説に来たが、イリヤンは話の馬鹿馬鹿しさにあくびをかみ殺していた。
死ぬ気でやれだの、未来は君たちのものだだの、もううんざりだ。
初任務で命を落とした新兵だっているのに・・・
自分の人事が彼らの運命を決めてしまうことに慄然としながらも、彼らの無事を心から祈っているイリヤンにはハイデッガーの話は聞く価値すらない軽いものだった。

整列して一応神妙な顔で聞いている新兵たちを壇上の端から見回し、あのプラチナブロンドが見えた時は何故かほっとした。
ともかく皆生き抜いてくれよ・・・
デスクには次の任務を求める上からの徴兵書が山積みだ。
新兵だろうと古参だろうとともかく至急派遣を求める書類が急に増えている。連隊ごと丸々派遣しないと追いつかない。
内乱・・なんだろうか??何も聞くなと先日グレゴールからまたもや釘を刺された。
唯々諾々と上の言うとおり、機械のように兵を割り振れば良いだけだ。
イリヤンの胸の中には鉛のような滓がひっそりと降り積もっていった。

つまらない訓示を聞き終わり、士官室に戻ったイリヤンはデスクの上の書類を分類し確認した。
ジュノンに至急五連隊派遣しないといけない。
それも今日中にだ・・・
イリヤンは第一から第五までの連隊長に至急士官室まで来るよう連絡し、暗澹たる気持ちで窓の外をしばらくぼんやり眺めていた。
ハイデッガーは護衛にソルジャーを何人か連れてきてるらしく、神羅のヘリの前にも一人退屈そうに尾翼にもたれてるソルジャーらしい若者がいる。ハイデッガーは司令室でまだ唾でも飛ばしながら偉そうに話をしてるんだろう。
見るともなしに見ていると、そのソルジャーは何に気づいたのかいきなり走り出し、兵舎に向かう神羅の新兵の誰かの肩をつかんだ。

おや、あの金髪はクラウドじゃないか・・・
黒髪のソルジャーはクラウドに何か笑いながら話しかけている。もしかしたら、あの黒髪がザックス・フェアだろうか?
モデオヘイムで一緒だったな、確か。
そのソルジャーはクラウドの背中を親しげにたたくと、手を振ってヘリに向かって走って行った。
気取らないヤツだなぁ・・・若者らしい親しげな仕草にイリヤンは思わず微笑んだ。

連隊長達がそろうと、大型ヘリでジュノンに移送する手はずが整い次第、第一連隊から順次緊急戦闘装備で移動するよう命じた。
一般人の保護を含め物資の確保まで戦闘以外の細かい段取りを決めると、連隊長たちはきびきびと退出していった。

敵・・・か・・・

イリヤンは椅子に深々と座るともうやめた煙草を引き出しの中から探って取り出し火をつけた。
やっと上から廻ってきた情報によると、1stソルジャーと科学部門のトップクラスの一人が神羅に反旗を翻したらしい。
つまりこの内乱は同士討ちになるわけだ・・・
これはいつ辞めるか本気で考えるか・・・
仕事がだんだん耐え難くなってきている。今夜も眠れそうにないからグレゴールに薬をもらいに行こう、イリヤンはしまってあった灰皿をデスクの上に置くと煙草をもみ消した。


士官用食堂でグレゴールの姿を見かけたのでトレイを持って隣に座った。

「やあ、調子はどうだ?」イリヤンが声をかけると、グレゴールはいつ風呂に入ったのかわからない脂じみた髪をかきあげ、「いいわけないだろう。」と皿の豆をつつきながら答えた。

「明日早朝にジュノン入りだ。」非難がましい目でチラリとイリヤンを見た。

「オレの人事にお前は入ってないぞ。」イリヤンは非難は心外だとばかりに答えた。

「そんなことはわかってるさ。君の可愛いヒヨっこたちの面倒を見に行くんだよ。」

「切ったり、縫ったり、つないだりね・・」グレゴールはもう食えないとぶつぶつ言いながら皿を押しやり、ポケットから煙草を取り出し火をつけた。

「眠れないからお前のところで薬を貰おうと思ってたんだ。」

「ふん、まともなヤツで眠れるのはいないさ。」グレゴールはごそごそポケットを探ると、薬袋を取り出した。

「渡しておくよ。一週間はもつだろう。」

「そろそろ辞め時かな・・・」グレゴールは煙草をくわえたままボソリとつぶやいた。

「オレも疲れたよ。」イリヤンが答えるとグレゴールは顔をよせてきて「今ならまだ鬱病だとか言って辞められるぞ。出世しちまうと辞めるとタークスに消されるっていう噂だぜ。」と小声で言った。
「まさか・・?!」イリヤンも声を抑えた。

「ま、それくらい考えてたほうがいい。じゃあ、オレは明日の準備があるから行くな。」
グレゴールは食べ残した皿の乗ったトレイを抱えるとテーブルを立った。


ジュノン戦の戦死者名簿が続々と送られてくる。
軍属ナンバーをコンピューターに打ち込みながらますます憂鬱になってくる。

例の金髪くんは無事のようだ。

これから何が起きるんだろう?

首謀者逃亡するも鎮圧ほぼ成功ってなんなんだ??
グレゴールが帰ってきたら一杯やりながら状況でも聞くか。

少佐とは名ばかりで実態は一般兵人事の自分は蚊帳の外だからな・・・
送られてきた最後の名簿を打ち込むと、戦死者の家族には自動で送られる戦死報告を作成し、コンピューターを閉じた。
今夜も薬のお世話になりそうだ。

ジュノン戦が一段落し、つかの間の平穏な日が戻った気がした。
そうは言っても魔光炉の不祥事が続いてるらしく、またそちらの調査も始まりそうだ。
イリヤンは、ジュノンから帰ったグレゴールとたまには外でゆっくり話そうかと、待ち合わせをしてミッドガルの繁華街に繰り出すことにした。

「どこにタークスの盗聴器がしかけられてるか気が気じゃないんだ・・」
グレゴールは相変わらず神経症のようなことを言ってる。

「おい、いくらなんでもそれはないだろう。」イリヤンは少々ぎょっとした。
ミッドガルの繁華街は人通りも多く、若い女性の姿も華やかだ。ふだんの自分たちの暮らしがいかに異常かわかるというもんだ。
なにしろむさくるしい男ばかりの集まりなんだから。

「たまには街もいいもんだな。」グレゴールは剃りたての顎鬚をさすりながら心なしか機嫌が良さそうだ。
どこか静かに飲めるところに行こうと、LOVELESS通りを歩いていたら、向かい側の歩道に見知ったような顔が一瞬見えた。

「おい、ちょっと待ってくれ・・」イリヤンは振り返ると向かいの通りをじっと見つめた。
明るいプラチナブロンドの少年が背の高い黒髪の青年と笑いながら歩いている。

「お、あれはこの前の金髪坊やか?」グレゴールも目ざとくみつけて後ろから耳元でささやいた。
「ああ、連れはソルジャーのザックスだ。任務で一緒になってから親しくなったみたいだな。」
「よかったな・・・若者が楽しそうにしているのを見るのは年寄りには喜びだよ。」グレゴールも久しぶりに笑った。
「次の任務は一緒にしてやるか。」イリヤンは以前見た二人の親しげな様子を思い出しつぶやいた。

グレゴールから聞いたジュノン戦は予想通り悲惨なものだった。キメラや生体をいじったモンスターが数多く、かなり苦戦をしいられたようだ。
「気色悪いぞ・・・神羅の科学部門のトップに『マッド宝条』がいる限り、まだまだ続くぞ、この騒ぎは。」
イリヤンには想像もつかなかった。
「キメラってどういうことだ?」

「ああ、ヒトとモンスターの細胞を混ぜて作るんだ、簡単に言うと。」グレゴールはぐいと強い蒸留酒をあおった。

「末期的だな。」イリヤンは寒気がしてきた。

「そんなのは序の口さ。もっととんでもない事が色々あるらしいぞ、我らの神羅には。」

ともかくなんとか無事にやめてやる、と繰言のごとくグレゴールはぶつぶつ言っている。。
ジュノンでマズイものを色々見たから、すんなりやめられるかわからないというのだ。

「オレが退職してここから引き上げる時に事故にあったら神様に祈ってくれ。」とまで言い出してる。
「いくらなんでもそこまでやるか?」イリヤンは呆れてグレゴールのグラスに酒を継ぎ足してやった。

「甘いんだよ・・まあ、お前は大丈夫かもしれないな。現場に行ってないから。そろそろやめ時を考えろよ。
オレは今準備中だ。自分の健康管理データを捏造してる。なんとか病気退職にもっていこうと思ってる。」

イリヤンはグレゴールの顔をのぞきこんであまりの顔色の悪さに嘆息した。

「お前、データ捏造しなくてもそのままで具合悪そうだ・・」
「まあ、お互い無事に生き抜こうや。」グレゴールは杯を上げると「君のヒヨっこたちの無事を祈って!」とグラスを空けた。



内乱に伴って、あちこちの魔光炉で不祥事が起こっている。
基本的には魔光炉点検はソルジャー中心に派遣が決まってるが、一般兵も必ずつけていかないと業務が成り立たない。

イリヤンの机には次々と一般兵の要請が来ているが、その中にニブルヘイムの魔光炉点検もあった。

イリヤンがチェックするとソルジャーが二人付いている。
要請書をめくって驚いた。セフィロスが派遣されている・・・1stソルジャーでは並ぶものない英雄・・・
ニブルヘイムはそれほど重要なんだろうか?
同行ソルジャーはザックス・フェアだ。
イリヤンの脳裏にあの負けん気の強い少年兵の顔が浮かんだ。

確かニブルヘイムが郷里だと言っていたな。ザックスも一緒だし、彼を派遣しよう。

虫の音以外何も聞こえない秋の夜遅く、静まり返った部屋にクラウド・ストライフの軍属ナンバーを打ちこむキーボードの音が響いた。
どんな運命をうちこんだかも気づかずに・・・



グレゴールが吐血した。
潰瘍が悪化したのだ。結局捏造どころか本当の自分のデータがすでに相当悪かったようだ。
神羅の付属病院に入院してるので見舞いに行ったが結構元気そうで、辞表を提出したゾ!と小声で言うとにやにやしていた。

「オレはもう使い物にならん。病気退職だな!」ようやく流動食が食べられるようになったグレゴールは、不味そうに顔をしかめながらも内心の嬉しさは隠せないようだ。
「お前がいないと淋しいよ。今度はオレが吐血しそうだ・・」イリヤンは溜め息をついた。
グレゴールの顔色は紙のように白い。
「輸血したのか?真っ白だぞ。」と言うと
「オレは宗教上の理由から輸血は拒否してる。」と言い、ウインクして見せた。
そんな話は聞いたこともない、という言葉を飲み込んで、
「これからどうするんだ?」と話をつなげた。

「郷里のミディールに帰る。田舎でゆっくりヤブ医者ライフを楽しむさ。」グレゴールはそういうと、
「神羅から、コスタ・デル・ソルでゆっくりするよう申し出が来てる。勤続のご褒美だとさ。」小さい声で付け足した。
「へぇ〜〜、いいな、オレもリゾート地でゆっくりしたいよ・・・」

「お前も辞めるって言ったら神羅からチケットが来るさ。」グレゴールは訳あり顔でじっとイリヤンを見た。

イリヤンはその表情を見ると部屋を不安そうに見回した。
グレゴールはうなづくと、「今日はありがとうな。お前も元気でやれよ。」と帰りをうながした。
「あ、ああ。無理するなよ。」イリヤンはそそくさと立ち上がり病室の出入り口でじっとグレゴールを見つめるときびすを返して部屋を出て行った。


グレゴールは辞める前にイリヤンのところにふらりと立ち寄り、こっそり耳打ちしていった。
「オレはコスタ・デル・ソル行きの船には乗らないからな。寸前に乗り換えてミディールに帰る。手紙を出してくれ。メールはやめろ。郊外に行った時にでもオレの田舎に当てて投函するといい。お前も早く辞めるんだな・・深入りする前に。」

淋しがる間もなくグレゴールは出て行った。
コスタ・デル・ソル行きの船が事故で沈んだと聞いたのはその少し後だった。


知らせは突然やってきた。
いつものようにデスクワークをしていると上層部からファックスが届いた。

『ニブルヘイムの魔光炉にて事故。調査に携わったソルジャー及び一般兵の生存は絶望的』

イリヤンは胸がよじれるような感覚を覚えた。
気がつくと涙がとまらなかった。
皆、行ってしまう・・・爽やかに笑っていた黒髪の青年と金髪の少年の顔が脳裏に浮かんだ。
オレは彼らに何をしたんだろう・・・
死を分配してるだけだ。

誰もいない部屋で一人煙草に火をつけると、イリヤンは引き出しから辞表を取り出した。


グレゴールから散々聞いてたわりにはイリヤンはあっさり辞めることができた。
もしかしたら、前回の健康審査の時にグレゴールが書いてくれた『抑うつ状態・アルコール性肝障害』の診断が効いたのかもしれない。
イリヤンにはコスタ・デル・ソルへのお誘いはなかった。ま、重要人物ではなかったということだ。
ともかく一刻も早く神羅と関係のないところに行きたくて、妻の実家のあるカームに引っ込むことにした。

逃げるように神羅を後にし、妻と子供のところに戻った時は天に祈った。
神様、オレの平凡な暮らしを奪わないでください・・・!

平凡な暮らしがいかに贅沢なものかかみしめながら、そんな当たり前の生活を望むこともできないまま逝ってしまった若者たちに黙祷を捧げる日が続いた。
世間に背を向けたくてもこの世で暮らしてるかぎり無縁ではいられない。
神羅はますます強大になり、早期退職したイリヤンなど、妻の実家からは変人扱いされた。

そんな中、ささやかに貯めたお金を元手に修理屋を始めたが、手を動かす仕事は楽しく、だんだん神羅時代を思い出すことも稀になってきた。メテオの騒ぎの時もどっしり構えることができ、娘の尊敬も勝ち得た。腹周りはいつのまにか増え、体重は20kg近く増えた。
もう誰も自分をかつての神羅の少佐と思う人はいないだろう。オレは町の修理屋のオヤジで十分幸せだ。
それでもいまだに嫌な汗をぐっしょりかいて目が覚める。
暗い暗い出口のない穴倉から沢山の手が伸びてくる夢・・・

ある日、留守の間に妻が奇妙なバイクの修理を引き受けた。
イリヤンは帰宅してから夢中で点検した。マフラーの一部が破損、ブレーキの効きが甘くなっているようだ。
巨大なバイクはイリヤンの力では動かせない。妻からは、預けたのは若い細身の男性だったとだけ聞いた。
これを動かせるなんて信じられない・・・人の力では・・・ふとイリヤンの脳裏に浮かんだ言葉があったが、思い出す間もなく仕事に没頭した。

翌日、約束の時間がせまる中、薄暗い仕事場で鹿皮で丹念にバイクを磨いていたイリヤンは人の気配に顔を上げた。
仕事場の扉が開いており、外の明るい日差しの中に人が立っている。

「ずいぶんと丁寧に修理をしていただいたようで、ありがとうございます。」
逆光に髪がきらめいている。入り口にシルエットが浮かび上がる。その若い男は重いブーツの音を響かせて室内に入ってきた。

イリヤンの前でサングラスを外すと、「ああ、すごくきれいになった。」と嬉しそうにいい、イリヤンに笑いかけた。

イリヤンは手に持った鹿皮を取り落とした。輝くプラチナブロンド、端正な顔立ち、そこにかつてのあの少年兵の面影をみつけた。

ああ、でも瞳の色が違う・・・青にして青より青い・・・ソルジャーの目。

その時、外から若い女性が入ってきて声をかけた。
「クラウド!!」

「ああ、ティファ、間に合ったよ。良かった。綺麗に直してもらった。」

若い女性は青年に寄り添うと腕を絡めた。

「まあ、本当に新品のようね。ありがとうございます。」ティファと呼ばれた女性はイリヤンに軽く頭を下げた。

「すいません、ちゃんとお名前を伺ってなかったのですが。」イリヤンは声の震えを押し隠して、青年に話しかけた。

「クラウドです。クラウド・ストライフ。カームにこんないい修理屋さんがあるなんて知らなかったな。」

胸に熱い固まりがこみあげてくる。まちがいない。彼だ。
イリヤンは夢見心地でクラウドにバイクとキーを渡した。クラウドは軽々とバイクを扱うと、外の街路に置いた。
代金を払い修理名簿に住所を書くと、クラウドはティファを後ろに乗せ、爆音とともに去って行った。

後ろ姿が見えなくなるまでイリヤンは道路に立ち尽くした。
涙がとめどなく出てくる。

胸の奥深くにつかえていた罪の苦しさがほんの少し軽くなった気がした。

そうだ、グレゴールに手紙を書こう。アイツ、きっと驚くゾ。
でもグレゴールのことだから、オレはとうに知ってたさ、神羅はウソツキだからな、なんて言うかもしれない。

今夜はゆっくり眠れそうだ。

二人が立ち去った彼方を見つめているうちに日は沈み、いつしか宵の明星が白く輝いていた。


                   完

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