<答えは風の中>



空は澄み渡っていた。
ミッドガルにも久々の明るい日差しが降り注いでいる。
ティファは戸締りをすると「本日休業」の札を扉にかけた。
カランと乾いた音が静かな通りに響き渡った。

昨日はいきなりバレットがやってきて、マリンとデンゼルを「ゴールドソーサーで遊ぼうぜ〜」と言って連れていったのだ。
クラウドと二人っきりの休日。
今朝突然クラウドから、「ちょっと遠出をしよう。」と言われた時は信じられない心地だった。

昨夜のことだ。
「ティファ、明日は用事あるか?」
最後の洗い物を済ませ、テーブルを片付けていたティファは、いきなり背後から声をかけられ飛び上がった。
振り返ると壁に寄りかかったクラウドがいた。

「びっくりさせないで!もう!蹴りを食らわせちゃうところだったじゃない!」不意をつかれたティファは、思わずうわずるくらいの明るい声で答えた。
クラウドは何か言いかけたようだが、ティファの声に圧されたように口を閉じ、ふっと笑った。

「ああ、ごめん、何も用事がないならいいんだ。」
クラウドはそれだけ言うと軽く手を降って階上に消えていった。

しばらく鼓動が鎮まらなかった。
何が言いたかったんだろう?相変わらず、何が言いたいかわからない・・・
もう何年も、心が通じるかと思うとふと離れ、手が届くかと思うとするりと逃げてしまう。

えい!ともかく、片付けだけはきっちりして今日はもう寝よう。こんなことはいままで何回もあった。期待したり失望するのは疲れる。落とした照明に照らされた、クラウドの彫りの深い顔を頭から振り払うように灯りを消し、ティファは寝室へと上がっていった。

***
早朝のひんやりした大気の中、フェンリルのエンジン音が響く。
「ティファ!!、乗って!」
セブンズ・ヘブンの前にとめたフェンリルに乗ったままクラウドが声をかける。
本当になんでも説明なしにいきなりなんだから・・
ティファは店の扉に錠をおろすと小走りにクラウドの方に向かった。
クラウドは胸ポケットからゴーグルを取り出してかけた。
端正な顔立ちにゴーグルがよく似合う。目の表情は読めない。

「これ、ティファの。」そういうとクラウドはポケットからもう一つ女性用のゴーグルを取り出し、ティファに放った。
ティファは慌ててゴーグルをつけると、クラウドの後ろに飛び乗った。いつ、女性用のゴーグルなんて用意したんだろう?
今朝朝食後にせっかくの休みだから、一緒に遠乗りにでかけよう、といわれた時は、ちょっとした思いつきのようだったけど。

ティファが考える間もなく、フェンリルのエンジン音が高まる。
「行くよ。しっかりつかまって。」
行き先も言ってくれない。本当にクラウドって・・
ティファはフェンリルの座席横のバーをしっかり握った。
腰の底の方から唸りをあげる機械の振動がかけあがる。
フェンリルは吼えるように地を蹴った。

「ティファ、ちゃんとつかまって。スピードあげるから。」
「大丈夫。ちゃんとつかまってるわ。」
クラウドがぼそっとまた何か言った。
一瞬、エンジン音にかき消され、なんと言ってるのかわからなかった。
「なんて言ったの?」風に髪を乱される。結わえてくればよかった。
「オレにつかまって。そのほうが安全だ。」
風で冷たくなった頬が熱くなる。
ティファはクラウドの腰にそっと両手をまわした。
引き締まった固い筋肉が服の下で動くのが感じられる。
つかまっていると、クラウドの体の熱さがゆっくり伝わってくる。
クラウドも私につかまれて、少しは緊張してるのかな?
ティファはおずおずと頭をクラウドの背にあずけた。
クラウドの体からは日向の枯草のような匂いがした。

まだ走り出して数分しか経ってないように感じたが、もうミッドガルは遥か彼方だ。
早朝の道は夕べの冷気がわずかに残り、遠くが霞んで見える。
ミッドガルの周辺はほとんど不毛といってもいいような赤茶けた広野が広がっている。
誰も通っていない道は妙に現実味に乏しい。
クラウドはますますスピードを上げており、遠くの山並みが次々形を変えていく。

「どこまで行くの?」ようやく気持ちの落ち着いてきたティファはクラウドに尋ねた。

「チョコボファームに寄ってからカームに行く。」

「チョコボファーム??!!」

「ああ、見せたいものがあるんだ。」

クラウドの言葉は氷山の一角。
本当の気持ちはいつも水面下に隠れてる。それも重要な部分はほとんど・・・

一体チョコボファームに何を隠してるのかしら?ティファはなんだか可笑しくなってきた。

「クラウド昔からチョコボ好きだったよね。変わったチョコボでも見つけたの??」

「いや、まあ・・・行けばわかる。」

日が上って暖かくなってきた。太陽に照らされた背中は暑いといってもいいくらいだ。
それでもティファはクラウドの背中に頭をもたせかけていた。

このままでもいいのに。
このままクラウドとずっと走っていているだけでいい。
思わず腰にまわした手に力が入った。
クラウドはわずかに身じろぎをしたが嫌がってる気配はなかった。

辺りにだんだん緑が増えてきた。チョコボファームに近づいてきたのだ。
あちらこちらに、チョコボたちの足跡がある。

チョコボファームは相変わらずのどかな空気に包まれていた。
クラウドは慣れた様子で裏手の車置き場にフェンリルを停めた。
壁のない屋根だけの簡単なその場所には他に軽トラックが一台停めてあるだけだ。
ティファは惜しみながらクラウドの体から手を離すと、フェンリルからゆっくり降りた。

「よくここに来るみたいね。」

「ああ。」
クラウドはゴーグルを外し、キーをポケットに入れながら半分上の空のような返事を返した。

クラウドについて畜舎に入ると、急に薄暗くなった。ティファはゴーグルを外し、舎内を見渡した。

「やあ!!クラウドさん!今日はティファさんもご一緒ですね。おはようございます!ティファさん!」

両手に木のバケツを下げたグリングリンが挨拶をよこした。

「おはよう!」ティファも軽く手をあげて挨拶を返した。

「どこに・・いる?」
クラウドが聞くとグリングリンはにっこり笑い「放牧場にいますよ。彼女、よく食べてよく遊ぶ健康優良児ですよ!」

「ありがとう。」クラウドは放牧場に向かう扉にすたすたと歩いて行き、出口のところでティファにやっと気づいたように振り返った。

ティファは何がなんだかさっぱりわからないまま、クラウドの後をついていった。

放牧場にはたくさんのチョコボが、走ったり餌をついばんだりしていた。

クラウドは木で出来た柵に寄りかかると、遠くを見ながら鋭く指笛を吹いた。

一頭のチョコボがこちらを向くと勢いよく走って来た。

そのチョコボはクラウドの前で止まると、顔をすりよせてクラウドの腕を甘噛みし始めた。

クラウドは笑いながら「くすぐったいよ、こら、やめろ。」と言うと、ポケットから角砂糖を出しチョコボの口に放り込んだ。
こんな風にただ笑うクラウドを初めて見た。ティファは一瞬チョコボに嫉妬し、その嫉妬心のバカらしさに思わず苦笑した。

「紹介してくれる?」ちょっと硬い口調になったようだ。

クラウドはチラとチョコボを見ると、「これは拾ったんだ。この辺りを通りかかった時に。」
とわかりにくい説明をした。

後ろから桶一杯の餌を運びながらグリングリンが声をかけてきた。

「ティティ、ご機嫌みたいですね。」

「ティティ??」

クラウドはちょっとばつの悪そうな顔をすると、「ああ、こいつの名前だ。」とチョコボのクチバシを撫でながらつぶやいた。

ティティ!!・・・・ああ、この名前はお父さんが私を呼ぶ名だ。
ティファが小さい時、舌が回らず自分の事を「ティティ」と言ってたのだ。
広い肩、低い優しい声。もういない人。
そう、クラウドは知っている、私がティティと呼ばれていたことを。

クラウドは珍しく少し微笑み、
「チョコボに乗ってこの辺りを走ってみないか?」と言いながらティティの背を軽くたたいた。ティティはクラウドに頭をすりつけてまた砂糖をねだってる。クラウドは小さい声で「こら、太るぞ。」と言いながら二つ目の角砂糖をポケットから取り出した。

「今日は天気もいいし、たまにはチョコボもいいかもね!」ティファはティティをチラと見ながら努めて明るく答えた。

クラウドはグリングリンに声をかけると、もう一頭チョコボを用意してくれるよう頼んだ。

日は高く上り、初夏の風はかぐわしく草原を吹き渡る。
チョコボにのって走り抜けると背中を伝った汗がひんやり乾き、踏みしめる草の匂いがむっと上がってくる。
クラウドは軽くギャロップさせると丈高い花がこんもり茂った辺りで振り返った。

「そのチョコボもいいチョコボだな。」

クラウドが笑っている。

ティファも微笑みを返した。

見渡す限りの草原を二人でただ駆け抜けた。

「ティファ、お昼はファームで用意してもらってる。焼きたてのパイを食べよう。」
クラウドはティファの横にチョコボを寄せてきてそういうと、チョコボの手綱をひきしぼった。

ファームに戻ると、グリングリンは木陰にテーブルを出し、焼きたてのパイと上等のハムの燻製、紅茶を用意して待っていた。

「クラウドさん!!」

グリングリンは、二人がチョコボに乗って近づくと手を振った。
クラウドはチョコボの手綱を預けると、名残惜しそうにティティの目の縁をかいてやった。
ティファもお礼を言ってチョコボを返した。

テーブルの上にはティファの好物のすぐりのパイがまだ熱々でのっていた。

「ティファ、これ好きだよな。」
クラウドはそう言うとティファの皿に厚切りのパイを切り分けた。

突然、ティファは気づいた。
クラウドは私に気を使っている!!
私をもてなそうとしてるんだ・・・

焼きたてのパイ皮はさくさくして香ばしく、中からはとろりとすぐりの甘煮が溢れてきた。
甘酸っぱいすぐりの味に思わず歓声をあげる。
「すごく美味しいわ!!ここで獲れるすぐりなの?」

大きなハムの固まりと悪戦苦闘してたグリングリンが後ろから答えた。
「この農場特製ですよ!!ティファさんがお好きだってクラウドさんからお聞きしてたんで、中身を作っておいたんですよ。この辺りは土がいいんで、なんでもよく実るんです!」

クラウドは遠くの山並みを見ながらゆっくり紅茶を飲んでいる。

甘くてとろけるパイを食べながら、熱い思いがこみあげてくる。
クラウドは私に何か言いたいことがあるんじゃないかな?
いつになくよく微笑むクラウドの表情に時折ふとかすめる暗い影が気になる。
まあ、暗さは今に始まったことでなし、今日は二人の休日を思いっきり楽しもう。

午後の日は強く照りつけ、いつしか風も凪いでいる。
木陰にいてもじっとり汗ばんでくる。
朝早かったせいか、眠気がこみあげてきた。
思わず伸びをしながらあくびが出た。

「眠いのか?」

クラウドの瞳は木陰では沈んで見える。

「う〜〜ん、朝早く起きすぎたかな?」

そう、今朝は早く目が覚めすぎた。あなたのせい。

「少し昼寝したら?長椅子を出してもらうから。」

クラウドがグリングリンに振り返りながら声をかける。
グリングリンは心得たとばかりに麻を編み上げた寝椅子を持ってきた。

クラウド、彼と仲いいんだ、そう思いながら長椅子に横たわると気持ちよい眠気が訪れた。
クラウドの声が遠くに聞こえる。ためらうようにゆっくりしゃべる、独特の話しかた。
ティファはひきずりこまれるように眠りこんだ。

ひんやりした風が頬をなで、ティファはゆっくり目をあけた。
自分を見つめているクラウドと目が合った。
「やぁ、目が覚めたね。」
薄い毛布がかかっている。いつから私を見ていたんだろう??
もう日は傾き始めていた。この時間だと、カームに寄ったらミッドガルに着くころは真っ暗だ。

「そろそろここを出ようと思うけど。」クラウドはグリングリンから渡された包みを抱えている。すぐりの壜詰めのようだ。

ティファはあわてて飛び起きた。
「そんなに焦らなくていいよ。」クラウドはのんびりした様子だ。
「最近カームに行ってないだろう?」
確かにティファはこの1〜2年ほとんどミッドガルを離れていない。
「綺麗な町になった。」

カームにも何かあるのかしら?ティファは、今日はクラウドの(たぶん彼なりに綿密に考えた)予定に逆らわないようにしようと、心を決めた。

手を振るグリングリンに別れを告げると、フェンリルは軽快に走りだした。

クラウドは黙ったままアクセルを回した。。
ゆるやかな丘陵の中をひたすら走りぬける。人影も見えず、通りすぎる車もない。
時折空の高いところで何の鳥か甲高く鳴くのが聞こえてくる。鹿が数頭藪から飛び出すと道を横切っていった。
クラウドはいつもこんな淋しいところを一人で何を考えながら走っているんだろう・・

日は沈み、空気が冷たくなってきた。風になぶられる腕が痛むように冷える。

夕闇の中、道の先に煌く灯りが見えてきた。
カームだろうか。

あたりはとっぷりと暮れてきていて、ティファにはほとんど道は見えない。
空は群青色、もう明るい星がいくつかまたたいている。
クラウドには道が見えるの?不安になったティファは、ゴーグルをしたままスピードをあげるクラウドの背中にそっと体をよせた。

カームへ続く道を走ってると思っていたらいきなり脇道に入った。
辺りはこんもりと林がせまっており、上を見上げると細長く切り取られた星空が暗い林を分けている。
道はゆるくカーブを描きながら徐々に上っていってるようだ。

「きれいに景色の見える場所がある。」
クラウドの声が背中にあてた耳にひびいてきた。

ティファは黙っていた。クラウドの声がかすかに震えて聞こえた。

フェンリルがスピードを落とすと、林がとぎれ道が急に開けてきた。

クラウドはフェンリルをとめる、サングラスをはずしティファを振り返った。

「降りて。」

そこはちょうどカームを見下ろす形につきでた山の一角で、テラスのように広がった草地になっている。

暗く広がる大地に光の泡のようなカームの町が見える。遥か遠くを流れる川が星明りに帯状に白々と見える。

「綺麗・・・」
ティファは切り立った崖の近くに近づくと溜め息をもらした。

やわらかく光る町の灯りは魔光のものではない。
世界は再生しつつあるんだろうか。
初夏の風にのってどこからか甘い花の香りが重く漂ってきた。

「ティファ・・・」

クラウドが後ろからためらうように抱きしめ、耳元で囁く。

動いたらいけない、臆病な動物のようにこの手が離れてしまう。

ティファは高まる鼓動とは逆にほとんど息を詰めんばかりにじっと立ち尽くしていた。

「ありがとう・・」

意外な言葉にゆっくり振り返るとクラウドの顔をみつめた。

かすかな星の光を受けて、クラウドの瞳が深い蒼に、暗く底の見えない海の色になる。こんなに暗くても青い・・
クラウドはティファを抱きしめ髪に顔をうずめた。クラウドの腕がティファを包み込む。

「いつもオレの隣にいてくれてありがとう。」

「クラウド・・」胸に熱い固まりがこみあげてくる。いつもいつもクラウドを見ていた。クラウドを待っていた。クラウドを求めていた。
ティファは泣くまいと思ったのに涙がいつのまにかこぼれていた。

クラウドは流れる涙にそっと口付けをすると、そのままゆっくり頬を伝い、ためらうようにティファの唇にそっと触れた。
優しく控えめにクラウドの唇がティファの唇と重なる。

さやさやと木々を鳴らす暖かい風が吹いている。天は高く銀砂をちりばめたような満天の星。
クラウドはティファの背中に腕を回し固く引き寄せた。

「ティファに話したい事がたくさんあるのに、なにから話していいかわからない・・」
クラウドは唇を離すとじっとティファの目をみつめながら微かな声でささやいた。

「ゆっくりでいいのよ。時間をかけて。」ティファは微笑んだ。

「今夜は一緒にいてほしい。」

クラウドが頬を寄せてつぶやいた。
ティファは体の奥から震えるような暖かい気持ちがこみあげてきた。

「今夜だけ?」ティファはクラウドのうなじに両手を回した。

クラウドは一瞬体を離すとまじまじとティファを見つめ、ふと笑った。
闇の中、白い歯が一瞬見えた。あの歯、白くて硬い歯・・

「これからもずっと。いつまでも一緒に・・」
語尾はかすれ、ふたたび温かい唇がティファに唇に重なった。
今度はさっきよりも激しい、貪るような口付け。

ティファはそっと舌でクラウドの歯を触ってみた。大理石みたいな歯だといつも思っていたけど、触ってみたら温かい。
ああ、歯って温かいんだ・・

クラウドはティファを軽々と抱き上げた。
「お・重くない??」

「重い??全然重くないさ。」
そういえばクラウドのバスターソードを以前持ってみたことがあるが、あまりの重さに驚いた。
クラウドの力って・・・一瞬芽生えた不吉な想像をティファはあわてて打ち消した。

「寒くなってきた。カームでゆっくりしよう。」
クラウドはィファを抱えたまま重さなど感じないようにすたすた歩くと、フェンリルの後ろにそっとおろした。

「マリンとデンゼルがいない夜なんて初めてね。」ティファがふともらすと、クラウドはフェンリルのエンジンをかけながら振り返った。

「いてほしいか?」

「ううん、たまには二人きりになりたいってずっと思ってたの。」
私、正直になってる。うん、クラウドもいつもよりずっと真っ直ぐ。

フェンリルは夜の空気を裂いて走り出した。

カームの町は見違えるように立ち直っていた。
しっとり落ち着いたレンガ造りの家が並ぶ通りを、ガス灯が暖かな色に照らしている。
クラウドは行き着けの宿にフェンリルを預けると、フロントで主人らしき男としばらく話していた。
自分の知らないクラウド。なんだか、一人前のワルみたい・・・
ちょっと堅気には見えない、顎鬚の濃い主人と話が決まったのか、ティファを振り返ると、「ここのルームサービスは美味いらしい。」と言いながらキーを受け取っていた。(まあ、こうやって見るとクラウドも堅気に見えないわ・・)

ティファはなんだか少しボーっとしたまま、クラウドについて部屋に上がった。
クラウドはふと心配そうにティファを振り返ると、「疲れてる?」とじっと顔をのぞきこんだ。

「ううん、ちょっと寒いだけ。」ティファは答えてから、上着も着替えも持たずに出てきたことを思い出した。ほんの日帰りのつもりだった。

初夏とはいえ夜の風はひんやりしている。
暖かい部屋に入るとティファはほっとした。

落ち着いた茶系にまとめられた品の良い部屋だ。

「シャワー浴びる?」

あまりに自然体のクラウドにティファはだんだんいつものペースを取り戻してきた。

「あら、埃を一番浴びたのはクラウドなんだから、先に浴びたら?」

「悪いな、じゃあ先に浴びてる。」

当たり前のように言うとクラウドは先にシャワー室に入って行った。
クラウドが見えなくなると急に疲れが出てきた。

ティファはベッドに横になると今日のことを色々ぼんやり考えてみた。

私たちは一緒に暮らしてるようで、本当は一緒じゃなかった・・・
いつも何かがクラウドにはひっかかってて、すれ違いの日々。
心が通じるどころかクラウドの存在すら危うい日々。クラウドの傷は魂についた傷。治るのには時間がかかるのだろう。。
ふっと消えてもう帰って来ないんじゃないかっていつも不安だった。でも今日は・・・ゆっくり話そう。心から。
ティファは思わずうつぶせになってシーツの端を噛んだ。

落ち着かない、落ち着かない・・・今ごろマリンとデンゼルは何してるかしら?観覧車に乗って花火でも見てるかな・・
マリンの柔らかいほっぺと、デンゼルのふわふわした髪の毛を触りたい。きっととても落ち着くわ。

シャワー室が開いて、湿気った空気が流れてきた。

「さっぱりした。」クラウドがどさりとベッドの足元に座った。

プラチナブロンドが濡れてきらきらと光っている。

ティファはあわてて起き上がった。クラウドの濡れた髪なんて見慣れてる。暑い日なんてしょっちゅう頭から水を浴びてそこら中水びたしにしてるじゃないの・・・
「ティファもシャワー浴びてきたら?」
なんだかずいぶんと落ち着いて見えるクラウドが癪にさわり、ティファは思わず「ちゃんと髪をふくのよ!」といつもマリンやデンゼルに言ってるような口調で命令すると背筋を伸ばしてシャワー室に向かった。

熱いシャワーを浴びてさっぱりするとかなり気持ちも落ち着いてきた。

備え付けのバスローブを羽織るとシャワールームを出た。

「気分よくなった?」クラウドがソファでくつろぎながら声をかける。
ティファは濡れた髪を後ろに軽く束ねるとクラウドの顔をのぞきこんだ。

「大丈夫?無理してない?」
「オレが??」
ティファはクラウドの隣に座るとじっとクラウドの顔を見つめた。
クラウドはふと笑うと、「ティファにはお見通しだね。」とグラスに酒をついだ。

「うん、何から話そうかってずっと考えてたんだ・・」
クラウドは果物皿から林檎を取り出し、手の上でしばらく弄んでいた。

「ティファ、見てて・・」

クラウドが軽く手を握ると林檎はぐしゃりと潰れた。
まるで手品のよう・・ティファは完全に潰れた林檎を見てからクラウドの顔を見た。

「こんなことはどうってことないんだ・・オレは異常に力が強いから・・」

ティファにはクラウドの不安の一部が見えてきた・・・

「デリバリーサービスで走ってるとまだモンスターのいる地域を結構通るけど、オレにはどうってことない・・あんなモンスター、全然恐ろしくない・・」

「一番恐ろしいのは自分なんだ・・」

淡い灯りに照らされたクラウドの瞳はクリスタルのように青く煌く。

「ティファ、オレは人間なんだろうか・・?」

クラウド、クラウド!!あなたは人間よ!!その言葉がこみ上げてきたが、ティファには言えなかった。
そう、私にはそんなことどうでもいいから。

「クラウド・・・そんなことを悩んでいたの?」

「オレはティファにふさわしくないって。ずいぶん思ったんだけど、どうしてもティファがいないとダメなんだ・・
オレにはまだ思い出せないことが沢山ある。夜中に悪夢にうなされて目覚めるんだけど、悪夢を覚えてないなんてこともよくあるんだ・・」

「ティファ、オレには5年間の記憶がないんだ・・」

クラウドは両手を硬く、白くなるほど握りしめている。

「それでもかなりふっきれたんだ。生きていようって思うほど。」

ああ、クラウド、かつての戦いは皆に傷を残したわ。体に、精神に、心に。
でも傷は癒えてきて、皆現実に立ち向かってる。
でもあなたは・・・魂の奥深く、細胞のはるか微小な深みにまで達する傷がまだ血を流してる・・

「自分は何なのだろう・・皆と異質すぎて、・・・この世でオレの同類はセフィロスしかいないんじゃないかって思うことすらあるんだ。」

「クラウドはセフィロスなんかと全然違う!!」思わずティファ声を荒げてしまった。
クラウドは驚いたようにじっとティファを見つめた。

クラウドの手がティファの頬にのびる。
「ティファ・・ありがとう・・ティファがそう言ってくれるだけでオレは生き返るんだ。」

ティファは胸がせまって涙があふれてきた。

「クラウド、クラウドは人間よ。でも、私にはあなたは人間であろうがなかろうがどうでもいいの!!クラウドならいいの!!」

「ティファ・・・」

「私はあなたがモンスターだろうと吸血鬼だろうとなんでもいいのよ!!!クラウドが・・、クラウドが好きなんだから!!」

クラウドは目を閉じるととティファに頬ずりをした。
ティファは思いもかけず気持ちが高ぶりはらはらと涙がとまらなくなった。

「あぁ・・・ティファ・・・大好きだ。ティファがいればオレは生きていける。オレの魂があるとすれば、皆ティファのものだ。」

クラウドはそっとティファを抱き上げるとベッドに横たえた。

暖かい唇がティファの口をふさいだ。クラウドの手がティファの髪をまさぐる。
ティファはそっと目をあけた。クラウドの長い睫が震えている。
ティファはクラウドの頭を両手で抱えた。
クラウドの髪は麻のような手触り。硬い髪ね・・・もしかしたら、本物の黄金だったりして。
ようやく上ってきた月が窓からのぞいてる。クラウドの髪は地中からほりだした珍しい金属のように輝いている。

クラウドの唇は顎を伝いそっと胸に下りてきた。
体中に雷が走り抜けたような、自分が溶けて形がなくなっていくような熱い気持ちがつきあげる。
ティファは夢中でクラウドにしがみついた。
暖かな嵐が荒れ狂う中で二人っきり、クラウドが一艘の船かのように。

そうよ、クラウド、この世に私たち二人だけなのかもしれない。
周りはすべて海。
二人だけで漂うの。そしてここから始まるのよ・・・

お腹の底が熱い。
熱くてよじれてるよう。

クラウド、あなたが欲しい。

体の奥底にあなたが入ってくる。もうどこにも逃がさない・・
もっともっと私の中に・・
私は深い深い迷宮かもしれない。あなたをどんどん奥に吸い込んでいくわ。迷宮の一番奥にはきっと小さくて綺麗な庭があって、私とあなたはそこで一つになる・・・

どれくらい時間がたったんだろう。部屋いっぱいに月の光が差し込んでいる。
月明かりの中にクラウドのくっきりした横顔が映える。
睫が少しこけた頬に影を落としている。形のよい薄い唇がすこしあいて、真っ白な歯が少しのぞいている。
ティファは半身を起こしじっくりと端正な顔を眺めた。
独り占め・・・ふとそんな言葉が浮かび、マリンとデンゼルのケンカを思い出した。
ゴメンね。今は私が独り占め・・・

明るい月の光が物皆青白く照らしてる。
安らかな寝息をたててるクラウドにそっと口付けした。私のクラウド。その言葉を心の中で反芻する。
意外に厚い胸板は月光の中で神の彫像のよう・・・締まった細身の体は筋肉質ですべらか。
おそるおそる喉元から胸にかけてなでてみた。肌が少しひんやりしてて指に吸い付く。
クラウドの息が乱れた。
ティファははっとして手を引っ込めたがその手はクラウドの長い指にからめとられていた。

「眠れないの?」

月明かりの中で見るクラウドの瞳は深く底の知れない淵のように青い。

「ちょっと目が覚めただけ。」

クラウドはティファを引き寄せると片手で抱きかかえた。

「こんなにぐっすり寝込むなんて初めてだ・・」

「まだ夜明けまで時間がありそうね。」ティファが答えるとクラウドはふっと笑い、テイファを引き寄せた。

冬ごもりしているつがいの獣のように二人はゆったりと互いを味わい、深い満足の溜め息とともに再び寝入った。



ティファは、朝の眩しい光よりも、息苦しいくらいの重みで目が覚めた。
眠気と苦しさと戦いながらなんとか目を開けると目の前にクラウドの耳があった。(あら、かわいい綺麗な耳。)

胸の上に半分のしかかったまま熟睡している・・・
暖かい・・・でも重い・・・
左手はしびれてしまい、引っ張り出すのに苦労した。
クラウドの髪は寝乱れていて、テイファは(チョコボ頭ね・・)思わずくすりと笑ってしまった。
そっと耳を引っ張ってみた。
クラウドはビクリと動くと寝返りをうった。
朝の光の中で見ると薄い瞼に静脈がうっすら透けて見える。
金色の睫毛がかすかに震え、ゆっくりと瞼が上がる。
ティファは、青い虹彩の内側がわずかに翠色なことに気づいた。この色・・・クラウドは自分の瞳に隠れたこの色合いをどれほど呪ったことだろう・・・重荷は少しは軽くなったのだろうか。

「おはよう。よく眠れた?」ティファが先に声をかけた。なんだかいつもマリンやデンゼルに声をかけてるのと同じいい方なのに気づいて思わず苦笑した。

クラウドは体を起こすとティファについばむようなキスをした。

「ぐっすり眠った。」

「まさか、オレはこんな幸せでいいのか、なんて思ってないでしょうね?」
ティファはクラウドを見上げると両手を差し伸べ髪をくしゃっと掴んだ。

クラウドは何も答えずティファを見つめると微かに笑った。



カームの教会の鐘が厳かに鳴り響く中、フェンリルのエンジン音が未完成の和音のように低く混じる。
町を出ると鐘の音は急速に遠のき、やがてほとんど聞こえなくなった。

「マリンとデンゼルは楽しく過ごせたかしら?」ティファがクラウドの肩越しに声をかけるとクラウドはちょっと振り返り、「バレットが一緒だから大丈夫さ。オレたちの方が早くうちに着くかもしれないな。」と答えた。

私たちの家。

「私たち、家に帰るのね。」ティファはクラウドにしっかり両手を回すとつぶやいた。

クラウドがなんと答えたか、ティファには聞こえなかった。


クラウドの答えは風に乗って遠くの空へ流れて行った・・・
その答えは遥か彼方にいる大事な人たちにきっと届くに違いない。


               完

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