<逃亡2>

なんでこんなはめになったやら・・・

ザックスは斧を片手に額の汗をぬぐった。
目の前には力任せにして作った大量の薪の山がある。
しっかり食事をして肉体労働をしてるせいか、体はほとんど元の状態に戻っている。
肩の筋肉も以前のように盛り上がり、これくらいの薪割りなんてどうってことない。

「ザックス〜〜!!水は汲んでくれたかい?!」

山のように積まれた丸太の山の向こうから婆さんが声をかける。
次は水汲みか。
こりゃゴンガガ時代にかえったみたいだ。

「これ、終わったら行きますよ〜!」首に下げたタオルで汗をふくとまた斧をふりあげた。


一週間ほど前になる。

クラウドを連れて苦しい山越えをした。暗闇の中、木の根に足をとられよろよろと進んだ。
このあたりまで来れば雪はほとんどないものの、風は肌を切り裂くように冷たく、食料も底をついた。
山の中の一軒家を見つけた時は、昔話にでてくる困り果てた旅人の気分だった。

ともかく一晩だけ泊めてもらうつもりだった。背に腹は変えられない。神羅に通報されたらされた時だ。念のため、バスターソードを藪に隠し、髪を撫でつけた。
ノックをすると、がたがたの古い木の扉を細めに開けて真っ白でもじゃもじゃの頭と突き出た鷲鼻が覗いた。
疑い深そうな小さい水色の目が乱れた前髪の間から光ってる。

「あの、すいません、山の中で迷ったのですが、一晩泊めていただけますか?」
用心されないようににっこり微笑み、不審人物に見えないよう気をつけた。

ボロのショールを体にまきつけた婆さんは、さらに扉を開くと上目使いでじっとザックスと隣に抱えているクラウドをみつめた。
「病人でも連れてるのかい??」

まいったなぁ、かなり疑われてる・・・

「すいません、連れが病気で困ってるんです。一晩でかまいません。」

婆さんはフンと鼻をならすと、扉をさらに開き、
「さっさと入んな!家の中が寒くなる!」と言いながらザックスたちを中に入れた。

部屋は薄暗く、暖炉には大きな鍋がぐつぐつ煮えたってる。
部屋の隅には鳥籠があり、カケスが一羽胡散臭そうにこちらをじっとみつめている。

(魔女の山小屋に入りこんじまったかな?)

「ともかく座りな。」

ザックスはクラウドの腕を肩から外すとソファらしきものに座らせ、自分も隣に腰をかけた。

婆さんは黙って足をひきずりながら奥の部屋に行くと、皿を二枚とスプーンを二本手づかみで持ってきた。

「腹減ってるんだろ、シチューでも食べな。」

よいしょ、と腰をかがめると暖炉の上の鍋の蓋を開け、中身をかきまわし皿によそった。

何食わされるんだろう?と一瞬思ったものの、空腹で目が廻りそうだったので、まず一匙すくって口に運んでみた。
うまい!何かの肉がとろけるように柔らかくなっていて、根菜ととけあっている。

「美味いですよ!!お婆さん、ありがとうございます。」

婆さんはニヤリと笑うと「兎のシチューさね。」と言いまた台所に引っ込んでいった。

ザックスはクラウドの首を支えると、「ほら、メシだぞ、やっとまともなもんにありつけたな。」と言いながら一匙ずつ冷まして食べさせてやった。
クラウドは素直に口をあけるとゆっくり飲み込んだ。

「パンもあるから食べな。」
婆さんは奥の部屋から大きなパンの固まりを持ってきた。
ナイフでパンを二人に切り分けながら、クラウドをじっと見ている。

「そっちのお兄さんはどうしたんだい?頭でも銃で撃たれたのかね。」

「まあ、そんなようなものです。ショックで意識がもどらなくて。」

婆さんは顔をそらすと、
「可愛い顔してるのに、可哀そうだね・・・」と暖炉の火をつつきながら言った。

「今日は泊まっていきな。こんな山の中、誰も来やしない。うちは電話もないんだよ。」
ザックスは一瞬はっとして皿から顔を上げた。

婆さんは顔の前で手をひらひら振ると、
「もうこの年だ。厄介事だろうとなかろうと関係ないさ。」と言ってから肩をすくめヒヒヒと笑い、
「楽しいね、若い子が二人も来てくれて。」とザックスを見つめてつぶやいた。

温かくたっぷり具の入ったシチューが体を温める。
クラウドもようやく頬に赤みが戻ってきた。

婆さんは頬杖をついてザックスの顔をじっと見ると、
「あんた、薪割りはできるかい?」と聞いてきた。

「得意、得意!!いっくらでもできますよ。」つい調子にのって答えてしまった。
婆さんは目を細めると、
「じゃあ、水汲みもできるね?」と秘かに期待してるような声できいた。

「おうよ!何杯でも汲めるさ。メシ食って力がつけばお安いご用さ!」

「山羊の乳搾り、屋根の修繕、畑の柵直し、棚作りも出来そうだね〜」

だんだん要求が増えてくる・・・

「田舎じゃなんでもやってたから任せときな。」安請け合いしてしまった・・

婆さんはよっこらしょと椅子から立ち上がると、ベッドの下から行李を出してきて、中から何枚か服を取り出した。

「死んだ息子のもんだけど、あんたら良かったら着替えな。今お湯ももってきてやろう。体をふくといい、あんた、臭いからね。」
確かにもう何日も顔も洗ってない。クラウドはなぜかほとんど汚れがつかず、相変わらず、真っ白な顔をしてるのに、オレときたら山賊みたいだ・・
ザックスは自分の脇のあたりをくんくん嗅ぐと顔をしかめた。

臭いよ・・なんだか獣臭い・・

クラウドに顔を近づけて匂いを嗅いだが、なんだかほんのり酸っぱいっような匂いがするだけで、自分のように臭くない。
なんでコイツは臭くならないんだろう?・・

暖炉の火を受けて輝く金髪をくしゃりとつかんだ。

婆さんは大きな洗面器を持ってくると、暖炉脇においてあるへこんだ金物のポットからお湯を注いだ。それから台所から重そうにバケツを運んでくると湯加減を見ながらうめていった。
「明日にはあんたが水を汲んできてくれるだろうから、沢山使えるよ。」

ザックスはクラウドの服を脱がせると婆さんから受け取ったタオルで体をこすってやった。
クラウドはいつものぼんやりした眼差しで宙を見ながら、されるがままになっている。

「どれ、私も手伝ってやろう。」

婆さんはもう一本のタオルを絞るとクラウドの背中を拭きだした。

「そういや、名前を聞いてなかったね。」

「オレはザックス。こいつはクラウド。」ザックスは用心するのも忘れ、正直に答えた。

「ふ〜〜ん、この子は北の出身みたいだけど、あんたは南出身って感じだね。」

ザックスは一瞬手をとめ、「わかるのか?」とおそるおそる聞いた。

「そりゃ、そうさ。こんな見事な金髪に白い肌は北国のもんさ。あんたは浅黒いし髪も真っ黒だ。あんた、どこ出身なんだい?」

「オレ、ゴンガガ。」ザックスが答えると婆さんはびっくりしたようにザックスをじっと見た。

「あれ、驚いたね。ゴンガガっていえばジャングルの中でハダカで暮らしてるって聞いてたけど。」

「ひでえなぁ〜、そこまで僻地じゃないよ。」

ザックスと婆さんは声をたてて笑った。

「私はヒルダさ。婆さんでいいよ。もうずっとここで一人で暮らしてる。久しぶりだよ。笑ったのは。」
クラウドの体を拭き終わり、さっぱりした服を着せてやると、ザックスは上着を脱いで自分の体を拭きだした。

「あんたが明日沢山水を汲んでくれたら、風呂もわかしてやるよ。」婆さんは汚れたタオルを抱えて台所に向かいながらつぶやいた。

風呂!!もうどれくらい入ってないんだろう・・
最後に入ったのはいつだったかも思い出せない・・・

「ありがとう、ヒルダさん、オレ、風呂楽しみだよ!」

「婆さんでいいさ。」

ヒルダ婆さんは両手にシーツを持ってくると、
「息子の部屋が空いてるから、そこで寝るといいよ。ベッドは一つしかないけどどっちかがソファで寝るかい?」と聞いた。

「いや、オレはコイツと寝るよ。夜中に時々うなされて騒ぐから、オレがいないとダメなんだ。」

「面倒見のいいこった。」

息子の部屋といってもベッドとテーブル、作りつけの棚があるくらいの小さな部屋だった。

それでも久しぶりに糊のきいたシーツに身を横たえると体が溶けていくように気持ちよかった。
「クラウド、野宿しなくてすんでよかったな。」
ザックスはクラウドの隣に身を横たえると意識を失うように眠りにひきずりこまれた。

***

眩しい光が部屋に入り込み、ザックスは目を覚ました。
(東向きの部屋か・・)軍にいた経験から方角は常に意識している。
(ここはどのあたりなのか、後で地図を見せてもらって確認しよう。)

隣ではクラウドがすやすやと眠っている。昨夜はうなされなかったので、ザックスも起こされずにすんだ。

(バスターソードを持ってこないと・・)婆さんにどう説明しようかと少々憂鬱になったが、(ま、当たって砕けろだ。)なんとなくこの婆さんは大丈夫なんじゃないかと思った。
ベッドから抜け出し、服に着替えるとこの数日間で一番気分がよかった。
(やっぱり人間、メシと睡眠だな。)

ザックスは短い廊下を通り居間に入った。

(誰もいないな・・)

暖炉の火は熾してあるので、婆さんはもう起きてるようだ。
(ヤバイ!バスターソード見つかったかな??)
外に慌てて飛び出すと、婆さんの姿はない。裏手に納屋らしい小屋があるので、そちらにいるのかもしれない。

(あぶねえ〜・・)ザックスは昨日隠した藪の奥からバスターソードを取り出した。
(みつからなかったみたいだな。)
刃の点検をしていると、後ろから足音がした。
ザックスが焦って振り返ると、両手にバケツを提げた婆さんがじっとザックスを見ていた。

「それは物置にしまっておきな。誰か急に訪ねてきたら困るだろ。」と言い、バケツを置くと近づいてきた。

朝の明るい光の中、婆さんはザックスの顔をじっと覗き込んだ。

「昨日あんたら二人の目の色が変だとは思ってたんだけど、暗かったからね・・よくわからなかった・・」
ザックスは観念した。

婆さんはふっと笑うと、
「もし私の思った通りなら、あんた、この物置の丸太の山くらい軽く薪にできるんじゃないかね、ソルジャーさん。」婆さんはそう言いながら、薄汚いギンガムチェックのエプロンのポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出し、読み上げた。

「脱走ソルジャー二名。通報者に報奨金1000Gill。一人は黒髪・浅黒い肌。もう一人は金髪・白い肌、意識障害。双方とも特徴的な鮮やかな青い瞳。」

ザックスの体に緊張が走った。
「オレ達をどうするんだ?」

「こんな婆さん一人殺すのなんて簡単なんだろう?それをやらないでまっとうに挨拶してきたんだからね。あんたは私の客さ。」

婆さんはにやりと笑うと、
「ただし、メシ代分は働いてもらうよ。若い男手はありがたいからね。」

ザックスはバスターソードを地面にざっくりと突き立てた。

「婆さん、オレは誓うよ。あんたには絶対危害を加えないし、迷惑もかけない。オレ達をしばらくここにおいてくれ。」

婆さんは小さい水色の目をきらきらさせると笑った。

「あんたはいい男だよ。いい男は好きさ。こき使うけどいいかい?」

「おうとも!!オレはこれでもソルジャー1st。なんでもやってやろうじゃないか!!」

婆さんはザックスの背中をバシっとたたくと、

「居たいだけいなよ。あんたの可愛いあのヒヨっ子も面倒見てやろう。」とザックスを下から見上げた。

「まずは朝食、それから風呂だね!」


クラウドを起こし、(というかクラウドはいつも半分眠ってるようなんだけど)、着替えさせる。

(クラウド!!)
ザックスは思わず抱きしめた。
「一緒にミッドガルに行くんだ。約束するよ。お前をミッドガルに連れて行って治してやる。」毎朝繰り返す呪文のような言葉だ。

朝食は婆さんが張り切ったのか、たっぷりしたものだった。
天然の蜂蜜とベリーのジャムをどっさり塗った焼きたてのパンは体に染み渡るように美味かった。

「食休みしたら悪いけど水汲みを頼むよ。年寄りには一番辛い仕事なんだ。」山羊のチーズを切り分けながら婆さんはザックスに言った。

「力仕事なら任せてくれって!」
食べ物の力はすごいものだ。たった二食まともに食べただけで体に力が戻ってきてる感じがする。

食事の後婆さんから大きなバケツを受け取り、山を少し下ったところにある沢から水を汲んできてくれと頼まれた。

婆さんは庭の片隅にあるオンボロ小屋に、大型の丈の低いドラム缶といった感じの桶を平たい竈の上に据え付けていた。

ザックスが水を運んでくると、その桶に水をあけるように言い、
「これを出すのは久しぶりだ。水を入れたら下から火をくべるんだけど、あんたはこういう風呂には入ったことあるかい?板踏んで入るんだよ。」とザックスの顔をチラリと見ながら忙しそうに炊き口に薪を用意した。

「オレはゴンガガだぜ?!こんな風呂はしょっちゅう入ってたさ!」ザックスが何杯目かの水をあけながら答えると婆さんは嬉しそうに笑った。

「ふん、魔光なんてクソクラエさね。火はこうやって焚くもんさ。」

今日は風もなく、南向きの小屋には暖かい日が入ってくる。

「いい湯加減になったよ。どうする?あんた先に入るかい?それともあの金髪くんを先に入れるかい?」

「オレが先に入ったら、湯がドロドロになりそうだから、クラウドを先に入れるよ。」

大人しく居間の椅子に座っていたクラウドを連れてくると風呂桶の横に立たせ、服を脱がせた。

「上がり湯をこっちの大きいバケツに移しておいたから、石鹸を使うといい。」
婆さんは多分取っておきであろう石鹸をザックスに渡した。

ザックスはクラウドの服を脱がせるとゆっくり体にお湯をかけてやり、抱き上げてそっと湯に体を沈めてやった。

頭からお湯をかけてやり、石鹸を泡立てるとクラウドの金髪をごしごしこすった。
くすんでいた色合いの金色がみるみる明るさを増し、日の光の中できらめく。
スポンジを泡立て、体もこすってやった。
白い滑らかな肌は湯をはじいて透明さをとりもどす。

「この子はずいぶんとまあ、綺麗な子だね・・・性格はどうなんだい?今は天使みたいに見えるけど。」

ザックスはクラウドの喉元を洗ってやりながら、答えた。
「う〜〜ん、なんていうか・・内気だけど気が強いってところかな?色々不器用だね。オレは思ったことをすぐに口に出すけど、こいつは口に出すのに3日かかるっていうか・・」

婆さんじゃないけど、本当に綺麗だ。クラウドの体を洗うのがこんなに楽しいとは思っていなかった。いつのまにか婆さんまで腕まくりして背中を洗ってやってる。

「気持ちいいんじゃないかね?ほら、目をつぶってるよ。」
クラウドはいつのまにか目をつぶっており、軽く首をかしげてる。

なんだか脈が早くなる。(クラウド、そういう顔するなって・・)
思わず手に力が入り、ごしごしと胸板をこする。筋肉は思ったほど落ちてないのでほっとした。
(クラウドが意識が戻ったら、恥ずかしがるかなぁ・・・)
たまにそんな事をふと思ってしまう。
(オレはコイツの体を隅々まで知ってるわけだ。小さなホクロから傷跡まで。)
一瞬手がとまった。クラウドの象牙色の肌が光ってる。女より綺麗な肌。

「さ、そろそろ上がらせて、上がり湯をかけてやろうか。」

婆さんの声にはっとした。
(あぶない、あぶない・・コイツに引きずり込まれそうになった・・)

クラウドを引き上げ、きれいなお湯をかけて大きいタオルでくるむ。

「婆さん、後は任せていいかな?」

「ふふん、いいともさ。大人しいからね。」

婆さんにクラウドを任せるといよいよ自分の入浴だ。
服を脱ぎ、軽くお湯を浴びる。
暖かいお湯がしみるように肌に心地よい。
ゆっくりお湯につかると、手足の先に凝り固まった疲労がとろけていくようだ。

一体いつから風呂に入っていないんだろう??いや、まともな生活自体をしてないのだ。もう何年も。
思わずざぶんと頭をお湯につけた。髪の隅々までお湯が染み渡る。
ざんっと顔をもたげ、両手でぷるんと顔をこする。湯の表面から絶え間なく蒸気があがる。
石鹸でごしごし頭をこすってみた。まったく泡が立たない・・・
お湯をかけて二回、三回とこするとようやく泡がたってきた。
(すげえ垢だ・・・)泡を落とすと湯の表面にびっしり垢が浮く。

(クラウドの100倍くらい汚れてるな・・・)
何度も体を洗うとようやく石鹸の泡がたってくる。お湯は濁ってもう底が見えない。

(ひでえもんだ・・・)
婆さんとっときの石鹸も相当小さくなった・・

(悪い、婆さん、オレの垢手ごわすぎた・・)お湯はほとんど黒ずんでどろどろになったおり、表面の垢は脂ぎっている。
(すげえよ、こんなに汚れてたんだ・・)

婆さん、何やってるんだろうと外を覗いてみたら、玄関前に椅子をだして、クラウドを座らせて楽しそうに髪をとかしてる・・・
クラウドの癖毛にてこずってるようだ。

ザックスはともかく垢を落とすと、上がり湯を浴び服を着替えた。

体が軽くなり、呼吸まで楽になった気がする。

(冬の間だけ、ここにおかせてもらうと助かるな・・)

ザックスは頭をガシガシと拭きながら、婆さんとクラウドの隣に腰掛けた。

「この子の髪、どうしてもうまく寝ないんだよ。」
婆さんがぶつぶつ言った。

「クラウドは癖毛だから、無理さ。」

「それにしても綺麗な色だね〜・・キラキラしてるよ・・」

クラウドは風呂に入ったあとはますます白くなり、プラチナブロンドはまばゆいばかりに輝いてる。

「オレも男前が上がったろう??」ザックスが聞くと婆さんは眉をぴくんと上げ、
「元々いい男じゃないか!」というとヒッヒヒと笑った。
「臭い時もさ。」

「オレ、濡れた犬みたいな匂いしてたもんな・・・」ザックスは苦笑した。

婆さんは、今日はゆっくり体を休めて、明日からしっかり働いてくれ、という。

ジャガイモにバターをつけて食べ、山羊乳を飲むと眠気がこみあげてきた。

「今日は昼寝して、体力をつけるといいさ。」
婆さんがそういうので、食べ終わってぼーっとしてるクラウドを連れ、部屋にひっこんだ。

目覚めるともう夕方だった。クラウドは疲れてるのかまだ眠っている。
ザックスは起き上がると婆さんのいる居間へと顔を出した。

「よく眠れたかい?ここまではだいぶ強行軍だったようだね。」婆さんは暖炉の前で鍋をかきまわしながら聞いた。
鍋からは美味しそうな匂いが漂ってくる。

「一時間ごとに体が元に戻ってきてるよ。美味そうな匂いだな〜」ザックスが体を乗り出して鍋の中をのぞこうとすると婆さんはオタマで中身をすくって見せた。

「豆とベーコンのシチューさ。たいしたもんじゃないよ。」

ザックスは椅子に腰をかけるとしばらく暖炉の火をみつめていたが、思い切って聞いてみた。

「オレたちはミッドガルに行きたいんだ。ここからはどうやって港に出たらいいか教えてくれ。地図があったら見せてくれると助かるんだけど。」

婆さんは肩をすくめると言った。


「地図はないよ。ここからはこの山を越えないと海にはでられない。街道に出たらすぐ見つかるさ。あんたらは目立つから。」

「でもこの先の山の奥に古いトンネルがある。かなり昔の鉄道のあとだ。入り口は落盤でふさがってるけど、別の入り口がある。それを辿れば山の向こうに出られる。今度教えてやろう。」
婆さんはおたまで味見しながら塩をひとつまみ鍋に入れた。

ザックスはこの小柄でしわくちゃの婆さんがこんな山奥で一人で何して暮らしてるのかふと疑問に思い聞いてみた

「婆さん、普段は何して暮らしてるんだ??」

婆さんはくすくす笑うと、
「夏はこの辺りの薬草を集めて薬を作ってる。あと町の衆に占いをしたりね・・」

(本当に魔女だったわけだ・・・)

「じゃあ、オレたちがミッドガルに行けるか占ってくれよ!」

「やだね。」婆さんはそっけなく答えた。

「どんな結果が出ようといくつもりなんんだろう?そういう時は占いに頼るもんじゃない。いい結果が出れば油断するし、悪い結果が出ればそれが頭から離れない・・」
婆さんは暖炉に薪をくべながら言った。暖炉の火が顔にあたり、皺のよった顔が時を忘れた賢者のようにゆらめく。

ザックスは下を向くと組んだ両手の指を握り締めながら答えた。

「ああ、そうだ、オレは何があってもミッドガルに戻るんだ・・・ミッドガルに・・・」

「誰か待ってるのかい?」婆さんは顔をあげていたずらっぽい目をきらめかせた。

「待ってるかなんてわからない。でも行かないとオレの気がすまない。」
「クラウドもミッドガルに行けばきっといい医者に診てもらえる。」ザックスは婆さんと目を合わせると椅子によりかかり頭の後ろで腕を組んだ。

「あそこは神羅のお膝元だろうが。」

「だからいいんだ。あの街の裏世界に入り込めば神羅にはもう手出し不可能さ。」
ソルジャー時代に知り合いになった顔役たちが頭に思い浮かんだ。オレを売らないって保証はないけどな・・・それでも希望があるならミッドガルだ。あの雑然として混沌としたプレート下ならきっとなんとかなる。木を隠すなら森だ・・・

頭の中に色々計画が浮かんでる。クラウドは逃走したばかりのころに比べ、このところかなり調子いい。手をひけば歩くし、食べ物もちゃんと食べる。ちょうど1〜2歳児くらいか・・・ムラのあるのが気にはなるが、きっと治ると確信してる。

夕食はこってりしたベーコンと豆のスープとチーズを載せた平たい種なしパンだった。
今晩眠れば体力もほぼ戻るだろう。雪が降らないうちにトンネルまでの道も教えてもらいたい。
婆さんに聞くと、明日森の中を案内してくれるというので、今晩は早く眠ることにした。

「婆さん、本当に色々ありがとう。」ザックスはクラウドを連れて寝室に引き上げる時、振り返ると礼を言った。
婆さんはランプの灯芯を絞りながら肩をすくめた。

「今まで死んだように暮らしてたんだ、楽しくてしょうがないさ。神羅をぎゃふんと言わせるんだったらいくらでも協力してやるさ。」
そしてくすりと笑い、
「いい男と天使が一緒に来たんだ。老い先短い身に神様の贈り物みたいなもんさね。」そう言いながら扉にしっかり閂をかけた。

次の日は山歩きをするというので、朝食をしっかりとってから婆さんはサンドイッチを作った。

あまり険しい道ではないが狭いので、クラウドを連れて行くのは少々大変そうだったが、おいておくわけにはいかない。
いざとなったらザックスが背中におぶえばいいだろう、という事になった。

家の裏手からすでに道は狭い。今は木々は葉を落としていているが、春には一斉に芽吹きかなり鬱蒼としてきそうだ。
ざくざくと霜をふみながら狭い道をたどっていく。息が白くなり鼻の頭が冷えてくる。
クラウドは手をひかれて黙ってついてくる。これはかなり良い傾向だ。

「少し登った先に入り口があるんだ。多分緊急用の出口だったんだろうね。ここを知ってるのは村人でも私と同じくらいの年の爺さんが二人いるだけさ。一人はボケてるし、一人は寝たきりだから安心だよ。」
ヒドイ事を言ってる。とはいえ、抜け道を知る人がほとんどいないのは助かる。

「中に入れば古い線路を伝って一本道だ。私も入ったのはずいぶん昔だけど、十分歩けた。向こう側の出口は少々狭いけど大丈夫だと思う。」

今日はよく晴れているが風が冷たい。雪がないのはありがたい。

「婆さん、この辺りはあまり雪は降らないのか?」心配になって聞いてみた。いざとなったら雪の中をクラウドを抱えて歩かないといけない。

「今年はやけに遅いね。でもそろそろ降るころだ。降りだすと一晩で積もる。そうなるとこの道はかなりキツイ。」

ケーンという声が藪の向こうで響いた。

「なんだ?あれは?」ザックスが聞くと、
「ああ、あれは山鳥さ。今ごろのは脂がのって美味しいんだよね。なかなかあれはワナにかからないから捕まえられなくてね。」

ザックスがじっと見ていると藪の向こうがガサガサ動いてる。ザックスは足元から小石を拾い、ポケットに入れた。

「今度見つけたら教えてくれよ。捕まえる。」ザックスはポケットの中の小石を握り締めた。

「どうやって捕まえるのさ?」婆さんが聞くとザックスはニヤリとした。

「石を投げるんだ。」

「そんなんで捕まるわけないだろうに!」

「まあ、見てなって。オレはソルジャーだぜ?今日は帰りまでに1〜2羽捕まえて、美味い鳥を食おうぜ!!」

婆さんは疑わしげにザックスを見ると先を急いだ。

一時間も歩いたろうか。左手に連なっていた藪がとぎれ、見晴らしの良い場所にでた。

「ここで一休みしようか?」
婆さんはそういうと、倒木に腰掛け、持参の水筒から水を飲んだ。

木々の切れ目から淡く煙る平地が広がってるのが見える。遠くの川が銀色のリボンのように光っている。空にはとんびだろうか、ゆっくりと輪を描きながら飛んでいる。
風は冷たく透き通るようで、汗が気持ち良くひいていく。

ザックスはクラウドの肩に腕を廻し、話しかけた。

「クラウド、綺麗だろう。オレたちはずいぶん遠くまで来たぞ。川が見えるか?」
クラウドはいつもの虚ろな眼差しではるか遠くを見ている。

「わかるのかい?反応がないようだけど。」婆さんが言うとザックスは言った。

「オレたちにとって、毎日毎日が大事なんだ。同じ日は二度とない。人間は蓄えて、学ぶんだ。クラウドはきっと覚えてる。心のどこかに刻まれてるさ。」
婆さんは黙って、二人をしばらく見つめていた。

軽い昼食をすますと、再び山道を辿った。

「一本道だから迷わないと思うけれど、周りの景色を覚えておくといい。」

くねくねと曲がる細い道の先に、崖がそそりたっている。
婆さんは辺りをみまわすと崖下に沿った細い道をさらに50mほど下った。崖の下に半分枯草に覆われた古びた鉄製のドアがある。

「ここが入り口だ。多分トンネル内からの緊急用の避難路だろうね。鍵はかかってないけど少し錆びついてるかもしれない。」
婆さんは取っ手を思いっきり引いてみた。ぎしぎしいうがなかなか開かない。

「オレがやるよ。」ザックスは力をこめて取っ手を引いた。
ぎい〜〜という音とともに、枠から錆がばらばらおちてきて扉が開いた。
ぽっかりと開いた入り口から黴臭い湿った匂いが上がってくる。
中を覗きこむと階段が下へと連なっており、底の方は暗がりに消えて見えない。

「すげえなぁ・・・地獄への道みたいだ・・・」

「下に行く階段が終わったら、そのまま真っ直ぐ歩けば線路脇に出る。あとはまあ、運任せだね。たぶん塞がってないと思うよ。15キロ

くらい歩けば山向こうに出るはずだ。」

「出るはず??おい、向こう側が塞がってたらどうするのさ・・・」

「そこは運だね。20年前は塞がってなかったよ。」
「20年前??!!」まあ、いいか、いざとなったら掘るか・・・なんだかちょっとヤケクソな気分になってきた。

「でも風が吹き上げてくるから、多分通じてるよ。春になったらここから山向こうに行くといい。海まですぐだ。」

春になるとこの辺りは草が生い茂るから入り口もわかりにくくなるという。

先の見通しがたった気がしてきた。春になったら海を渡るんだ・・・

「場所はわかったね?じゃあ、引き上げようか。明るいうちに戻りたいしね。」

今度はザックスが先にたち、婆さんが後ろをついてくる。

しばらく歩くと「ほれ、そこの木の向こう、山鳥だ!」婆さんが声をひそめて後ろからささやいた。
狭い道の先、右手にある木からひょこっと茶色の鳥が顔を出した。

その瞬間、ザックスはポケットの中の小石をつかむと勢いよく投げつけた。
ゴンという鈍い音がして、山鳥の頭に命中した。

「たいしたもんだね〜〜!!」婆さんは驚いて叫んだ。

ザックスは大股で近寄ると山鳥の肢を持ってぶら下げた。

「おお、ずっしり重いぜ!今夜はコイツを焼いて食おう!」

その日の夕食は山鳥をこんがりと炙ったものだった。
美味い!!パリパリの皮の下から香りの良い脂が滴ってくる。肉はきめこまかく柔らかい。

「こんなに美味いとは驚いたな〜」ザックスは両手を脂でべとべとにしながら骨についた肉にかぶりついた。
塩だけで旨みは十分だ。クラウドにも肉を裂いて口に入れてやった。ちゃんと食べてる。美味しいと思ってるのだろうか?

「あんたのお陰さ。ソルジャーっていうのは、薪割りと水汲み以外にも色々できるもんだね〜」
婆さんは褒めてるのか褒めてないのかわからない言い方をした。

今夜はぐっと冷え込んでる。明日あたりは雪が降るかもしれない。

こんな暮らしもなかなかいいもんだ、ザックスはここに来てから落ち着いているクラウドを見ながらそう思った。

「そういえば、この子もソルジャーなんだろう?」婆さんはクラウドをじっと見てザックスに尋ねた。

「その辺りは、まあ、複雑な話なんだけど・・・コイツも実質はソルジャーと同じ力を持ってるんだ。それも超一流のね・・だから暴れると怖いゼ。オレじゃないと抑えられない。壁でも殴ったら一部崩れるくらいじゃすまないかもしれないからな。」

「こんな天使みたいな顔してるのにねぇ・・・」婆さんはクラウドの伏目がちの青い目を見つめながら言った。金色の長い睫毛が影を作ってる。

「自分の力を制御できないんじゃないか?まあ、基本的には大人しいけどね。うなされなければ。」ザックスはクラウドの頭をぽんぽんと叩いた。
「意識が戻ったら驚くだろうなあ・・」ザックスは誰に言うともなくクラウドを見つめると小さい声でつぶやいた。

風が強くなってきてるのか外で時折ゴーッという音がする。足元から冷気が上がってくる。

「明日は雪になりそうだ。今日山に行っておいてよかったよ。」テーブルの上の骨を片付けながら婆さんはよいしょと立ち上がるとつぶやいた。

扉がきしきしと風に鳴っている。
ザックスは片付けを手伝うと、クラウドを連れて部屋に戻った。
クラウドを着替えさせ、ベッドに一緒に寝転びながらこれからのことを考えた。

まずは冬をここで過ごして体力をつける。それから海をわたるんだ。海さえ渡ればミッドガルまでたいした距離じゃない。
手薄な軍の倉庫を狙って備品を失敬することだって出来る。ソルジャーも向こうではそう珍しくないから、この辺りと違って、ごまかしもきくかもしれない。
神羅があきらめてくれるなんてことはあるだろうか??

何もかも都合よく行く夢でもみようと、隣で薄目を開けてぼんやりしているクラウドの髪を撫でながら眠りについた。

翌日から雪が降り出した。
山の中の一軒家の冬ごもりはさぞ退屈だろうと思っていたが、意外にやることが多く(というか、色々使われた)時々自分の訓練も兼ねて薪を割ったり、雪の中で獲物を狙ったり(石を当てて鳥を獲るのがすっかり得意になった)、なかなか充実した日々が過ごせた。
婆さんの飼ってる山羊にもすっかりなつかれた。
つくづく田舎暮らしがあってるんだとザックスは苦笑した。
(猟師にでもなって山の中を駆け回るのも楽しいかもな)いっそ、どこかの山奥にこもって数年過ごすのもいいかな、とふと思ったりした。(10年も籠ったら神羅も忘れてくれるだろうなあ。でも10年はキツイよな・・・オッサンになっちまうよ。)

クラウドはこのところ、かなり調子よく、この前などは自分でパンを齧ったりした。
クラウドがパンを口に運んだのを見た時は胸がせまって涙が出そうになった。
(クラウドは必ず元に戻る!)確信は強まり、これからの計画をたてるのにも励みになってる。
ゆっくりではあるが、季節は確実に移っていく。

日差しが明るくなり、雪が溶け出した。
そろそろ旅立ちの準備をしないといけない。なによりも心の準備を・・・

家の裏手に積もった雪が溶け出し、泥と混ざってぐちゃぐちゃになってきた。

ザックスは裏手の道を流れる泥水がはけ易いように家の裏手に溝を掘った。
もうすぐここを立ち去るのだから、出来るだけのことをしといてやりたい、そう思っていろいろな仕事に精を出している。

山羊の小屋を直し、食料庫の屋根を修理し、畑の柵を作り、テーブルのがたつきを直し、台所に棚を作った。

(ここを出る時は辛いだろうなあ・・)
どうもヒルダ婆さんもこそこそ何か荷物を詰め込んでいるようだ。
(いつ言い出そうか??別れは苦手だ。)

あちこちの木々から雪がどさっと落ちる音も聞こえなくなり、雪解けで前庭の土の色がまだらに見え出したある晴れた日、婆さんが朝食の時に切り出した。

「そろそろ行かないといけないんじゃないかね?多少ぬかるんでいるだろうけどもう山道も通れるだろう。」
ザックスはジャガイモが一瞬喉元に詰まるような気がした。

「道中の助けになるような物を少しだけど用意しておいた。持っていくといい。」
婆さんは立ち上がると奥の部屋に行き、背嚢をひとつ持ってきた。

テーブルの隅に中身を出して見せた。小さなカンテラ、蝋燭、マッチ、畳んだ防水布、ナイフ、アルミの皿とカップ、調味料の入った小さい壜、薬の袋(あたしが調合したんだ)、傷薬、etc・・・

「後は食料を入れるだけだ。」

「婆さん・・・」ザックスは絶句した。痩せた小さい手をそっと握ると礼をいう言葉につまった。何と言っていいかわからない。
黙ってしばらく手を握り、じっと顔をみつめた。なんだか我ながら情けないような笑顔を浮かべてる気がする・・・

「がんばって生き抜くんだよ。港はきっと警戒が厳しいだろうから、小さい漁港から船に乗るといい。信頼できる男を紹介してやろう。手紙も書いておくから持っていきな。」婆さんも微かに手が震えている。

「オレたち、明日ここを出るよ。クラウドもずいぶん調子いいから、トンネルもそんなに大変じゃないと思う。」

「じゃあ、明日までに食料も用意しておいてやろう。飢え死にしちゃしょうがないからね!」

その日はゆったりと家のことを色々手伝った。大きい山鳥も捕まえた。
婆さんがお別れだから、と奮発してずいぶん色々作ってくれた。バターのたっぷり入ったスコーン、山鳥のおなかにジャガイモを詰め込んで焼いたもの、香辛料のきいた野菜のスープ、・・・どれも皆美味しい。もうしばらくはこういうものは食べられないだろう。ザックスは片端からきれいに平らげた。
その割りに会話ははずまなかった。
食後、貴重品の紅茶を飲みながら、婆さんと二人、しばらく暖炉の火を見入っていた。

「オレ、うまく逃げられそうな気がしてきたよ・・」ザックスが最初につぶやいた。

「あんたたちがどんな秘密を持ってるか知らないけど、神羅はしつこいから油断しないようにね。」婆さんは薪をくべた。火の粉が舞い上がる。

「なあ、まだ占ってくれないのか?せめてこういうルートが安全、とかそれだけでもさ。」ザックスは身を乗り出して婆さんに聞いた。

「ダメだって言ったろう?そんな都合のいい占いはできないんだ。もっと漠然としてるんだよ。運命なんていうのはギリギリまでわからない方がいいんだ。」

「占い師の言葉とは思えないな〜」ザっクスはどさりと後ろに寄りかかった。

「今日はもう寝たほうがいい。トンネルは結構長いし、暗いから大変だと思うよ。向こうにでたら、山に沿った古い線路を伝っていけば海にでる。今夜地図を書いておいてやるから。漁港は海に出てからすぐだ。信頼できる男にあんたたちを船に乗せてもらうよう頼む手紙も書いておく。大きい港に行こうなんて思っちゃダメだよ。きっと手が廻ってるから。」

「何から何まで世話になったな・・オレ、なんの礼もできないのに・・・」ザックスはお茶のカップをいじりながらうつむき加減に婆さんに言った。

「いいんだよ。楽しかった。この20年で一番楽しい冬だったからね。」
婆さんは照れくさそうに言うと早く寝たほうがいい、と二人を寝室に追いやった。

その夜はなかなか寝付けなかった。クラウドもいつまでも目を閉じず天井をじっと見たまま横になってる。
今までは行き当たりばったりだったが、この先は多少なりともメドがたった。
まずは海を渡ることだ。神羅はオレ達がどこに逃げると思ってるだろうか?ミッドガルに逃げ込むと思われて非常線を張られてるとかなりマズイ。ミッドガルの周りには隠れるところもない荒野が広がってるから・・・

いざとなったら強硬突破だな・・そんなことを考えながら、いつものようにクラウドの髪をくしゃくしゃいじりながらいつのまにか眠ってしまった。

翌朝は春先にはめずらしくよく晴れ渡っていた。
口数も少なく朝食を済ませると、婆さんが背嚢とマントのようなものを持ってきた。

「日持ちのする食料を入れておいた。このマントはボロだけど、これを羽織ってれば少しは目立たないかもしれない。」

ザックスは思わず婆さんを抱きしめた。
白髪に顔を埋め頬ずりしながら言った。

「元気で長生きしろよ!無事に着いたら、なんとかして連絡するから。」

「あんたがいないと山羊が淋しがるかもしれない。美味い鳥も食べられないし。」

「山羊にもよろしくな。」ザックスは婆さんの手をしっかり握った。
「さあ、天気のいいうちに行きな!」婆さんはザックスの背中を叩いた。

空には白い雲がたなびき、風に流されていく。
裏山に抜ける道はもう雪もほとんどなく、木々はぼんやりと緑の霞みを帯びたように芽吹いている。

ザックスはクラウドの手をひき、一度だけ振り返ると婆さんに向かって手を振った。

その姿は見送るうちに山の木々の中へ消えていった。

ヒルダ婆さんはしばらく道に立ち尽くしていたが姿が見えなくなると溜め息をつきながら家に戻った。
二人のいない家は妙に広くがらんとしてる。

何を考えるともなく、ほとんど無意識に暖炉の上においてあるカードを手にとると、一人椅子に座り占いを始めた。
カードはしばらく使ってないもののしっくり手になじみ、生きもののように暖かい。

ザックスのことを念じつつ最後の一枚をめくった。
そのカードが見えた時、手が震え、思わずうめき声をあげた。
黒い死神のカード。

椅子によりかかり、額に手をおき、心を落ち着けた。

今度はクラウドのことを念じながら占いを始めた。

おそるおそる最後のカードをめくると、金色の女神のカードが見えた。

そう、そういうことなんだ・・・
もう犀は投げられた。運命は転がり始めたのだ。


*****

山道は多少ぬかるんでいるものの、クラウドの調子が前よりいいのでペースよく歩けた。
例の扉までたどり着くと、ゆっくり錆びた取っ手を廻した。暗い階段が下へと向かっている。ザックスは背嚢からランタンを取り出すと、蝋燭に火をつけた。片手にランタンを持ち、クラウドの手をひきながらゆっくり階段を下りる。微かに風のなかに海の匂いを感じる。

(大丈夫だ。この道は向こうに通じてる。)
足元をぼんやり照らすランタンの灯りが頼りだ。クラウドがちゃんと付いてきてるのでほっとする。

階段をおりる足音が響き、ランタンの影がゆらゆらと気味悪くゆれる。

相当下りたと思われるころ、突然階段が途切れた。行き止まりかと一瞬冷や汗をかいたが、ランタンを掲げてみると、左側に狭い通路がある。そこを抜けるとトンネルの本道に出た。
(15kmくらいだって言ってたな。楽勝だ。)
黴臭いような鼻につく匂いと、古びた線路の放つ錆臭が混じった空気はわずかに息苦しいが、道は真っ直ぐなのでかなり楽だ。
何時間歩いただろうか?つないでるクラウドの手の暖かさだけが心の頼りのような気がしてきた。

(そうなんだ、オレはオマエを頼ってるのかもしれない。クラウドがいるからここまで来られたんだ。ああ、早くオマエと話がしたい。たくさん話がしたい・・・)

はるか彼方に淡い光が見えてきた。出口だ。走り出したい衝動をかろうじてこらえた。

トンネルの出口は半分ふさがっているものの、人一人くらいは楽に通れた。
まぶしい外の光に目を細めながら、線路に沿ってさらに歩いていくと、突然左手に海が見えた。

(おおお!!海だ!!ここで一休みしよう。)

線路から低い潅木が生えた砂地の坂を下ると目の前に海が広がっている。
ザックスは荷物を放り出すとクラウドの手を引っ張って海に向かって走った。

「おい、クラウド!!海だぞ!!これを渡ればミッドガルだ!!」

靴を脱ぎ捨て、ズボンをめくるとざぶざぶと海に入った。春の海はまだ水が冷たいが疲れた足に心地よく、波打ち際に立つと体が海に引っ張られるような気がする。
振り返り、クラウドに笑いかけると、クラウドも海をじっと見ている。
クラウドのところに戻ると、クラウドの靴も脱がせ、ズボンの裾をまくった。

「ほら、クラウド!!気持ちいいぞ!」

寄せては返す波の音が響き渡り、顔に細かい塩水のしぶきがかかる。
時折ドーンという音とともに大きい波がくだけちると頭まで濡れてしまう。

「クラウド、あと少しだ!何もかにもきっとうまくいく。オレたちはこれから海を渡るんだ!」


ザックスはクラウドの肩を強く抱き、青く明るく輝く海を潮風にふかれながらいつまでも見つめていた。


                 完

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