『君を想ひて』


「よ、お疲れ」
 声を出す元気もなくて、ザックスは黙って片手を上げて挨拶を返した。
 どっかと隣に腰を下ろしたカンセルは訝しげな顔でザックスを見遣った。
「どうした? 声も出ねぇなんて珍しいな」
 言おうか言うまいか、一瞬躊躇ってから、ザックスは肩を竦めた。
「泥だらけでジャングルを這いずり回るのにうんざりしてるだけだって」
「ああ……、もう3か月になるか……」
「帰りてぇー……」


 ウータイ南部での戦争は泥沼化の一途を辿っている。
 どれだけソルジャーを投入しようと、地の利を生かしたゲリラ戦に持ち込まれると、圧倒的な軍事力を持つはずの神羅でさえ苦戦を強いられる。
 いっそのことナパームで鬱蒼とした森を焼き払おうかという作戦さえ上層部では出ているという。
 確かにこのジャングルが厄介なのだ。
 背の高い南国特有の木々が密生して生え、その上蔦のような植物が木々の間にカーテンのように垂れ下がり、部隊が進むのを妨げている。
 いっそのことソルジャーである自分一人だけならもう少し早く楽に進めるのに、とも思うが、地形を把握し、索敵、アジトの位置特定、急襲、と全てのことをたった一人でやってのけるには無理があるだろう。
といって、一般兵の部隊を引き連れての行動は遅々として進まない。
 まさにジレンマだった。


 後方にあるベースキャンプに戻ってきたのは、1週間ぶりか。
 文字通り泥の中を這い、泥水につかり、下着の中までどろどろで、時折のスコールをシャワー代わりにしようかと思えば、叩きつけるようなその激しさに、木陰に蹲ってやり過ごすしかない。
 そんな行軍から戻ったばかりのザックスが思うのは、ひたすらミッドガルに帰りたいということだけだった。
 ミッドガルに帰って、クラウドに会いたい。
会って、そのほっそりした身体を抱きしめたい。
 抱きしめて、眩しい金色の髪の毛に顔を埋め、日向の干し草のような甘い匂いで胸をいっぱいにしたい。
 ひとときだけでも現実から逃れるために、目を瞑ってクラウドの顔を思い出そうとする。
 初めのうち瞼の裏に映るのは、自分が殲滅した小さな村が炎上するような悲惨な光景ばかりだ。
 ジャングルの中のアジトを急襲したはずが、仕掛けられていたトラップで片脚を吹き飛ばされた兵士、あまりにも初歩的であるが故に見逃した落とし穴に落ち込んで、底に突き立てられた竹に串刺しにされて死んでいった兵士、そんな映像がフラッシュバックしてくる。

―――違う、今オレが見たいのはこんな映像じゃない。後悔やら懺悔やらだったら、後でたっぷりしてやる。オレが見たいのはクラウドの顔、そしてめったに見せてくれない野の花がほころぶようなあの笑顔。今はそれが―――それだけが見たい。
 ただクラウドのことだけを考え、ひたすらにその顔を、山間の湖の色を映したような青い瞳を、日の光を受けてきらきら輝く金色の頭を思い浮かべる。
 つんつんした見た目とは裏腹に、触ると柔らかいふわふわの髪。
 何度あの髪に惹かれて、引き寄せ抱きしめ、顔を埋めたことだろう。自分にとって幸せの匂いといものがあるならば、間違いなくクラウドのあの甘い匂いだ。
 もう一度あの匂いを嗅ぎたい。その為ならどんなことをしてでも、彼の元に帰ってみせる。
 ―――クラウド―――心の中で強くその名を呼ぶ。
 そうすると、記憶の中の香りがふいに鼻腔をくすぐったような気がした。―――日向の干し草のような甘い匂い。
 香りと共に柔らかな金髪の手触りもリアルに思い出され、目蓋の奥がじわりと熱くなる。
 今、自分がやっていることの先にあるのは希望か絶望か、それとも断罪か。
 いずれであろうとも、それがクラウドの元へ戻ることに続いているのなら、どんな道でも歩もう。
 もう一度あの髪の匂いを嗅ぐためならば―――。


 尻ポケットに突っ込んである軍事用回線の端末が震え、ザックスの物思いを断ち切る。
 見ればレッドランプが点滅している。緊急事態だ。
 束の間の休息もここまでか―――また、うんざりするようなジャングルで、うんざりするような任務が待っているんだろう。
 ―――けれど、クラウドのことを思い出せば、もう少し頑張れる―――そう自分に言い聞かせ、ザックスは深く息を吸い込んだ。
 鼻腔の奥に残る微かな甘い香り―――これを覚えている限りは大丈夫。どんなことがあろうとも、どんなことをしようとも、耐えられる。
 必ずクラウドの元に続いている道だと信じることができるから。
 ザックスは立ち上がり、いずこへか、自分が行くべき場所へ歩み出す。
 そこを通ってクラウドの元へ辿り着くために。


FIN
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Juliette Moon の透枯さまより、誕生日のお祝いにいただきました!!
最近ちょっとショボクレていましたが、麗しいSSでエネルギーを補填させていただきました!!

私が「髪の匂い」フェチなもんで、情感溢れるSSを上げてくださいました!!

ありがとうございました〜!!

・:*:・( ̄∀ ̄ )。・:*:・ポワァァァン・・・

cyunkiti より愛をこめて。

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