ああ

□隻眼の彼女は
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「な、に言ってんだよ」



冷たいなにかが顔の横を流れた。ドクドクと脈打つ心臓が、痛い。



「冗談にしては質が悪いな」

『冗談なんかじゃないわ』



見開いた俺の目を見る、あいつの目は酷く冷たい。こんな目をする奴だっただろうか。
心なしか足が震えている気がする。情けないな。
夜の冷たい風が、あいつの細い髪を通り過ぎる。嗚呼、こんな所に何時までもいたら風邪をひいてしまう。早く帰らなくては。



「そんな嘘つかなくても、明日の夕飯は俺がさ…」

『ニューラ』



なんだよ、いきなり名前なんか呼んで。最近あんま呼ばれてなかったから、少し嬉しい。でも、俺の名前はこんなに冷たい響きだっただろうか。



『私は、本気よ』



いい加減に嘘なんてやめろよ。そう言おうとした口が開かない。妙に喉が渇いて声が出てこない。まだ明るい街の方から高いピアノの音が聞こえる。
歩み寄ろうと踏み出した足は、震えで動かない。



『あなたも、森へ戻ったほうがいいわ』



何時も笑顔だったはずの顔は無表情に彩られて。
密かに綺麗だと思っていた瞳は、確かに俺の方を向いているのに街の光だけが映っていた。



『私は、あの人を追いかける』



あの人?またあいつなのか? あいつはお前なんか、どうも思ってないんだ。だからほら、現に置いていかれてるじゃないか。なんで気付かないんだよ、なぁ。


『あの人の側じゃないと生きていけないのよ、私』



嗚呼、なんでそんな笑顔なんだ。やめろよ、やめてくれ。そんな訳ないだろ。人間なんて何処でも生きていける。あいつの代わりに俺がいるじゃないか。なんで俺を見てくれないんだよ。何時だってお前は、あいつだけしか見てないんだ。



『あなたには色々と迷惑をかけた。だからもう自由よ、ニューラ。森が嫌なら、あの家に居てもいい。あなたの幸せを掴んで』



自由?ふざけるなよ。お前が隣に居ない自由なんていらない。お前の幸せが、あいつの側に居ることなら、俺の幸せはお前の隣に居ることなのに。なんで分からないんだよ。



『…もう、行かなくちゃ。あの人、今頃はもう山の中腹まで行ってるかもしれないわ』

「な、あ」

『…なに?ニューラ』

「あいつは、何処に行ったんだ」










グサリ、と自分の爪がテーブルに刺さる。
使い慣れたテーブルに、鋭い爪が線をひいていく。
2時間前とは、全く変わってしまった部屋の真ん中に立つ。




『あの人、昔から旅がしたかったらしくて』




足下には変形した椅子や、切り裂かれたソファが散乱していて。穴の空いた壁に花瓶の水がかかっている。



『将来はチャンピオンを倒すんだ、って意気込んでたわ』




押しつぶされた林檎の横に、数年前に撮った写真があった。
俺とお前と、あいつ。
そうか。お前は、あの時からもう……。






「…ああ、俺もそろそろ行かないと。遅れる訳にはいかない」




残された部屋には、幸せそうに微笑むニューラと少女。
破かれた写真の右端を握りしめ、ニューラは笑った。










さぁ、早く2人に追いつかなくては。























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ぎゃー!怖い。
なんかホラーなもの書いてしまいました。
おかしいな。シリアス目指してたのに。

ちなみに舞台はキッサキシティ。山は勿論シロガネ山のことです。


title水葬
090609





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